破滅




キラはこれまで意図して大学では親しい友人を作ってこなかった。身内のことを一々詮索されるのが面倒だったからだ。ただ生活費を稼ぐために、短期で割りのいいバイトを紹介して欲しかったから、一部の人間とはそれなりの交流を持っていた。
今キラに声をかけて来た男は、たまに居る他者との距離の取り方が絶妙に上手いタイプである。基本は人懐っこくて必要以上に内面に踏み込んで来ない、キラにとって非常に相性のいい相手だった。と言うとまるでキラが計算のみで友達付き合いをしているだけのようだが、彼の人柄もちゃんと気に入っていた。
「なんか、メチャクチャ久し振りじゃん!」
屈託のない笑顔で、彼はブンブンと手を振っている。
メディアにはそれなりに顔が出てしまったキラだったが、一般的な大学生に“名家”の当主交代の報など興味の範疇外である。カガリが起こした騒動は噂程度に知っているかもしれないが、それがキラと直接結び付くはずもない。
彼は跨がっていた自転車を漕いで一息に距離を縮めると、キラの直ぐ前で足を着いた。その数秒があれば自分を建て直すには充分で、キラも普段彼らに向ける笑顔を貼り付けた。
「ちょっと色々あってさ、中々来られなかったんだ。でもきみだって僕のこと言えなかったんじゃない?知る限り、サボリの常習犯だったよね」
「バレたか」
友人は悪びれた風でもなく、キラの指摘をあっさりと認めた。こういう軽いノリも楽しくて、キラの方もつられて軽口になる。
「それに校内は自転車禁止だよ。知っててやってんだろうけど」
「うわ、高校時代の風紀委員みたいなこと言うなよー」
心底嫌そうに、それでも如才ない受け答えで融通を利かせられるのは、この大学の大部分を占める頭の硬い学生たちの中では、珍しいタイプだ。
「もしかして教授のとこ行くの?」
「そ。呼び出し食らった。って、やべ。ほんとに時間ねー」
「呼び出された上、遅刻とか言語道断でしょ。いいから早く行きなよ」
「んー」
ところが腕時計を見た友人は妙にそわそわと落ち着かない。時間が迫っているなら、こんなところで油を売ってないで、さっさと行けばいいのにと、キラは首を傾げて促した。
「なに?」
「なあ。ちょっとこれ、駐輪場に置いて来てくんね?」
言い難そうに、これ、と彼が指差したのは、駐輪場という言葉が指し示す通り、自転車のことだった。
「時間なくてチャリで来たのはいーけど、置きに行って戻ってたらマジでアウト」
「は?別にいいけど、鍵はどうするの?」
「このガッコに他人のチャリ、盗む奴なんていねーだろ」
一理ある。国内随一の偏差値を誇るこの大学で、自転車を盗むなんてつまらない理由で、将来にケチをつけようと考える輩はいないだろう。というか自分とそれ以外の線引きがキッチリ成されているというか、他人の物に手を出すなどと思い付きもしないのだ。要するに他人に無関心な学生が多い。
「だからって…」
尚も渋るキラに、とうとう彼は顔の前で両手を合わせた。
「頼むよー。仮に盗まれたってヤマトに文句なんて言わないから!俺、この間のレポート、評価悪くってさー。これ以上、心象悪くするわけには行かねーんだよ。留年は流石に避けたいしさ」
「ちょ、拝まないで。だから僕なんかに絡んでないで行けば良かったのに」
「寂しいこと言うなよー」
駐輪場はこのキャンパスの一番外れに位置している。単に面倒くさいだけかもしれないが、彼の言った事情に嘘がないなら、留年は気の毒だ。彼には割りのいいバイトを多く回して貰った義理もあるし、どうせこちらは時間を持て余していたし…と考えたところで閃くものがあった。
「ねえ!自転車、一時間くらい僕に貸してくれない?後でちゃんと駐輪場に置いとくから」
「おー!商談成立!!宜しくな~!」
言うが早いか友人は自転車から飛び降りて駆け出した。本当に時間が差し迫っていたらしい。半ば呆れつつその背中を見送って、キラも自転車を押しながら正門へと急ぐ。
これでアスハ家の迎えが来る時間に、ここへ戻ることが出来ると、胸が弾んだ。




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