破滅




個人経営ではあるものの多くの診療科目を持つ、代々続く病院。それなりに設備も充実させているから、歴史があるゆえの古さが決してマイナスには繋がらない。大学に附属しているような最先端医療は望めなくても、どこか厳かさを感じさせる佇まいである。
深夜、一台の黒塗りの高級車が闇に紛れるように、件の病院の駐車場へと滑り込んだ。いかめしい運転手に後部座席のドアを開けられ、降りたのは小柄な影。
アスハ家新当主のキラの姿である。

キラは勝手知ったる様子で通用口から屋内に入り、一般患者の目にとまらないよう設置されている、奥まったエレベーターへと迷いなく進んだ。乗り込んだエレベーターの昇降ボタンは最上階である6と1のみ。他の階には停まらない、最上階直通のエレベーターだった。それだけでもかなり特殊だが、このエレベーターには更なる仕掛けがあって、普通に6を押しただけでは動かない。カードを挿入し、6・1・6・6とボタンを押して、漸く上昇を開始するのだ。それはこの病院に勤める職員ですら、一握りの者しか知らされていなかった。

セキュリティに細心の注意を払った最上階に、病室はたったひとつ。
今はアスハ家の当主であるウズミが使っている。




◇◇◇◇


「失礼します」

眠っている可能性も考慮して控え目に声をかけたが、ウズミはすぐに閉じていた目を開いた。長年アスハ家当主を努めていた所為で眠が浅いのか、目を閉じていただけで、眠っているわけではなかったのか。
「具合はいかがですか?」
最上階のワンフロアが丸々使われた病室は無駄に広く、入口からベッドまでにもかなりの距離がある。隣室の患者を気使う必要はないとはいえ、時間が時間だけに大声で話すのも憚られ、キラはゆっくりとベッドに歩み寄った。
「充分休ませてもらっているよ。こんなにゆっくりするのは何十年ぶりだろうな」
答えながら半身を起こしたウズミだが、お世辞にも血色がいいとは言えない。憔悴しているように見えるのは、夜の帳と枕元の薄明かりの織り成す演出の所為ばかりではないだろう。側のテーブルには眠剤とおぼしき薬があった。殆ど眠れてないのは明白で、カガリのことを思い悩んでか、それともアスハ家のことを考えてのことか。
おそらくはその両方で、気が休まらないのだ。

キラは目線を合わせるように、パイプ椅子―――というには少々豪華な造りの椅子に腰を下ろした。
「カガリが出頭しました」
「…――――そうか」
伝えるのは酷かとも思ったが、全く知らされないのも、考えが悪い方へ向かうだけだ。他でもない彼の娘のことであるし、ウズミの懸念を少しでも取り除くために伝えようとやって来た。警察に拘留となれば事件は表沙汰になり、そう易々とザラ家も手出しは出来ない。密かに付けておいた監視者の報告に寄ると、出頭時は丁度あの事件の際に居合わせた女刑事が対応したらしく、自由を奪われてもそう悪いことにはなってないと予想される。件の女刑事とは親しげだったから、ひょっとしたらディアッカが動いてくれたのかもと思ったが、確かめる手立てはないし、本音を言えばカガリがどうなろうと知ったことではないキラは、そこを追求するつもりはなかった。
「お前は?大丈夫なのか?」
突然の労りの言葉には今更なんだと苦笑が浮かんだ。
「ご心配頂かなくてもご覧の通り元気ですよ?」
この局面で父性など弱気になる材料でしかなく、未だ騒動の渦中にいるキラにとっては邪魔なものでしかない。弱気になるのは早過ぎる。
「辛くはないか?」
しつこいな、とキラは内心で舌打ちした。
仮にもウズミは先代の当主だ。キラの置かれている状況くらいは容易に想像出来る故の発言なのだろうが、迷惑以外のなにものでもない。本当はキラを気にかけている余地もないくせに。
「いえ、僕はやめさせるだけなんで。何事に於いても継続させる方が遥かに大変でしょう。ウズミさまの長年の気苦労に比べれば、なんてことはないですよ」
「しかし風当たりは厳しいだろう。カガリは自分のやったことに、考え得る最善の形で罪を償える。だがお陰で事が表沙汰になった。ここまでの醜聞は正直私にも経験がない」
「よりにもよってアスハ家の時期当主だった人間が傷害ですからねぇ」
キラは他人事のように同意した。




1/19ページ
スキ