当主




幸せ過ぎて浮かれていた。浮かれて、忘れていたのだ。
自分が心から欲しいと求める人は、絶対に手に入ることはないのだと。
他の誰かに奪われたなら、どんなに辛くてもそれはキラの気持ちの問題だ。それで愛した人が幸せになるならば我慢も出来る。
(でも…)
幼い日、キラを慈しんでくれた、実母の顔が頭の隅を掠める。最近では薄情にも思い出すことすら稀だった。それもこれもキラの中でアスランが占める部分が大きくなった所為だ。なのにここに来て頻繁に浮かぶ母の姿は、まるでキラに警告を与えているようだった。
自分が心を寄せた人は、不幸になってしまうのだ、と。
母が女手ひとつでキラを育てるのに苦労を重ね、ウズミにも会えることもなく、若くして亡くなってしまったように。
(とんだ疫病神、だよね)
自分は酷い顔をしているのは分かっていた。でもこの暗闇だ。取り繕う必要はない。
するとアスランから意外な台詞が飛び出した。
「そんな顔するなよ」
「そんな顔って、どんな顔?」
アスランはキラの沈黙を悪い意味に解釈して、当てずっぽうで言っているに違いない。どうせ見えてはいないのだから、声さえしっかりしていれば、バレはしないと惚けたのだが。
「俺、夜目は利くんだよな、昔っから。暗闇に慣れるのが他人より早いっていうか」
「!!」

「だから隠しても無駄。今は割りとはっきり見えてる。――――俺のこと、好きで堪らないって顔、してるのが」
「~~~~~~っ!」

嘘だ。いや、夜目が利くというのは本当だ。だからキラが滅多に見せない、クシャリと顔を歪ませるところも、言葉通りはっきり見えてしまったのだから。
本人に自覚があるのかはさておき、キラはツンデレ属性なのだとアスランは思っている。今も何かを考えて沈みかけていたキラの気を逸らそうと、わざと甘い言い回しを選んだのだ。ところがキラはワナワナと開きかけた唇を、半ば無理矢理噤んでしまった。てっきり毒舌で反論してくると読んでいたのだか、ちょっとやり過ぎだったかと反省する。
「………キラ?怒っ――」
「アスランてさ」
しかしキラに遮られ、今度はアスランが閉口させられた。
「ほんと…タラシだよね」
ふわりと笑ったキラが通常運転を取り戻したのかと一旦ほっとするも、今度はその顔まで泣き笑いに見えてくるのだから救えない。
(いっそ、頭を開いて、考えていることが、全部分かればいいのに)
物騒なことを考えるのも、キラの全てを知りたいという欲から来ているものだ。だってキラは滅多に本心を打ち明けてくれない。好きだと、だからアスランが欲しいのだと、もっと言って欲しいのに。辛い時は辛いと、素直に伝えて欲しいのに。我儘だと思えなくもないが、それを言う権利がキラにはある。アスランは自分がずっと待っているのだと気付かされた。
こんなにも誰かに執着する日が来るなんて、ちょっと前のアスランからは想像もつかなかった。
「場数を踏んでて良かったよ。こうしてキラを口説く台詞には事欠かないからな」
「あは、認めちゃうんだ。過去の過ち」
「酷いな、過ちなんて。あれはお前にちゃんと気持ちを伝えられるように積んだ経験だったって思ってるのに」
「また都合のいい解釈だね。僕に出会えるかどうかなんて、その頃は分からなかったでしょ?」
口では強気なことをいっているが、いまいちキラの表情は晴れない。
何故言ってくれないのか。
そんなに言い辛いことを考えているのか。だとしたら、何を。
「だからさ」
焦燥に突き動かされながらも、アスランは言葉を惜しむつもりはなかった。

「俺たちが出会ったのって、運命だったとは思わないか?」

些か大袈裟な言い回しに驚いたのか、キラがぱちりと目を見開く。
それでもこれはアスランの本心だった。




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