当主




病室を後にする三人を見送ると、頃合いを見計らって投薬に現れた看護師に、外の人間に連絡を取りたい旨を伝える。
ザラ家関連で辛うじてキラが気を許しそうな人間に、一人だけ心当たりがあった。キラも何度か乗ったことのある、ザラ家のお抱え運転手だ。彼はまだアスランがほんの子供の時から運転手として勤めていて、何度かキラに助言めいたことをしたと聞いている。
(しかし…こんな時ですら頼れる人間が一人しか浮かばないとは、俺も大概最低だな)


人が必要なら金さえ積めば幾らでも集められる。パトリックがそうして来たし、それが当たり前だと思って来たのだ。しかしそうして集めた人間は、傀儡の如く言う通りに動きはしても、所詮それまででしかなかった。
人は自分を映す鏡だ。こちらが心を開かずに、相手にばかりそれを求めるのは、虫が良すぎるというものだろう。
(まさに金の切れ目が縁の切れ目ってやつだな)
無意識に上がる口角に苦いものが含まれるのを、誤魔化し切れない。
(ドライな関係は後腐れがなくて楽だとさえ思っていたのに、今更どうかしてる)

この境遇が寂しいものだと思うなんて。



(…――ああ、キラに会いたいな)


かつて経験したことのない寂寥感を覚えるのは、絶対にキラの影響だ。この年になるまで、こんな感情は知らなかった。キラは次々に新しい感情を教えてくれる。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、曇りのないアメジストの瞳。それがアスランを慈しむ光を帯びて、甘く潤むところが見たい。

やがて薬の影響か、ゆっくりと睡魔が訪れた。
早く会いたいと願いながら、アスランはしばしの幸せな夢の中へと、抗わずに意識を手放したのだった。




◇◇◇◇


髪を何度も梳かれて、浅く意識が浮上する。まだ眠り足りなかったアスランは、ぼんやりと白む思考に任せて小さく唸り声をあげた。するとすぐ側でクスリと笑う気配がして、一気に覚醒した。

「――――っ、キラっ!?」
「おはよ、アスラン。と言っても真夜中だけどね」

ベッド脇に浅く腰かけて、アスランの髪を撫でていたのは、逢いたくて堪らなかったキラだった。
受けた傷の場所のため俯せ寝を余儀なくされているアスランが、不自然に首を捻ってまで見上げたのは、しっかりと確かめたかったからだ。だが室内はほぼ真っ暗な上、何処からか僅かに洩れてくる明かりからも丁度逆光になっていて、こんなに近い距離なのに表情までは覚束ない。キラは髪をキラは髪を梳く手を止めることなく、尚も可笑しそうに言った。
「アスラン、なんだか可愛い」
「は!?」
思いも寄らない言葉に、目を白黒させる。
「だって「ぅん~」なんて唸っちゃって。普段はあんなに取り澄ましてるくせに、そういうとこ、ちっちゃい子供みたいなんだもん」
“可愛い”なんて、実際に子供だった頃にも言われた覚えはない。自分には最も相応しくない類いの形容詞に、絶句して固まるしかない。そんなアスランにとうとうキラは声を立てて笑い始めた。
その笑顔こそ可愛いと言ってやりたい。
「……いつまで笑ってんだ」
やらかした失態に頬を赤らめながらの反論は、明らかに拗ねている。そんな不貞腐れた態度も自分にしか見せないリアクションなのだと思えば、キラの中にも愛しさが広がるのだった。



「随分と早いご到着だな」
キラが一頻り笑い終えたタイミングで、やっと持ち直したアスランがボソリと呟いた。勿論、目覚めた時に傍にいなかったことへの恨み言である。キラもそこは素直に謝っておくべきだと思った。
「うん。ごめんね遅くなって。でもあの運転手さん?がずっとアスハ邸の前で待ち構えてくれてたから、今夜の内に来られたんだ」
「そっか」
まだ運転手に連絡をつける前だったが、彼は独自に動いてくれたのだろう。雇い主はあくまでもパトリックなのだから、従業員としては褒められた行動ではないが、アスランは心から感謝した。

「――――会いたかった!」

キラに逢えた嬉しさは隠しようがなく、衝動に任せて、言ってしまった。

キラだって気持ちは同じだ。本当はずっと不安だった。ずっと側に居たかった。アスランの目が覚めるまで。目が覚めても。




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