当主




「ちょい待て。また話が見えねーんだけど?」

今度はイザークにゴミを見るような目を向けられた。無論、そんなもので心が折れるほど、ディアッカは繊細ではないから問題ない。

「キラはアスハ家を潰すつもりだ。最後の不名誉な当主の汚名を被って、な」
「アスハ家が潰れようとどうでもいいけど、そんなことしたらアスランとの話のハードルを、更に上げるじゃないか!」
イザークの眉間の皺が増々深くなる。ニコルが眠るアスランを眺めて、ぽつりと溢した。


「もう、キラさんは捨ててしまったのかもしれませんね」


その言葉は三人の胸に、思いの外重くのし掛かった。
医療機器が立てる小さな音が、やけに大きく聞こえる。

ニコルは“諦めた”ではなく“捨てた”と言った。その通りだ。キラが捨てたのは、何もアスランとの未来だけではない。
自分たちとの関係も一切捨ててしまったのだろうか。確かに短い付き合いだ。それも全てアスランを通してのもので、個人的な結び付きなどなにもない。それでも一方的に切られるのは辛かった。例えそれが自分たちを巻き込まないための、キラの苦肉の策だったとしても。

「…………いつの間にか、キラさんは僕らの“仲間”になってたんですね」


再び落ちたニコルの言葉に、反論の声は上がらなかった。




◇◇◇◇


「……キラは、一緒じゃないのか?」


アスランが完全に覚醒したとの報せを受け、イザーク、ディアッカ、ニコルは揃って駆け付けた。しかしそこにキラの姿はない。三人も忙しい合間を縫ってなんとか連絡を取ろうと試みたのだが、結局本人とは直接話せないまま、今を迎えてしまったのだ。
アスランが一番に気にすることはやはりキラのことで、予測が出来ていただけに、尚更返事に窮する。

彼らとてあの一件以来、キラと会えてはいなかった。
ディアッカが引っかけた抜群のスタイルを誇る看護師曰く、数回様子を伺いに現れはしたようだが、自分たちも四六時中アスランの病室で入り浸れるわけではない。偶然か必然かキラが来たのはいずれも彼らのいない時で、アスランの容態を尋ね、落ち着いていると聞くと、病室に立ち寄ることもなく慌ただしく帰って行くらしかった。彼女には予めキラの画像を見せて、こっそりアスランの経過を伝えてやって欲しいと頼んでおいたのが効を奏したカタチだが、これでは全くのお手上げ状態である。
キラとの間に直接の繋がりがあるわけではない上、それでなくても“名家”とされる連中と、金を頼りにのしあがって来た“成金”との間には、歴然たる壁が存在する。可能な限りの探りを入れても、噂を集めるのが精々で、結局今日まで来てしまった。


明晰なアスランは、この場にキラがいないことで凡その事情を察知し、すぐさま質問を変えた。
「キラを狙ったのは、やっぱりカガリ・ユラ・アスハだったんだな?」
アスランも彼女の姿を目にはしていたものの、あの日のことは実はまだ遠い夢のような感覚だった。尤も自分がこんな大怪我を負わされている時点で、夢であるはずはないし、ここにキラが居ない事実が、やはりあれが夢などではなかったと改めて確信させた。
姉の所為でアスランが生死の境を彷徨うことになって、あのキラが顔を出せるわけがないからだ。

自分の発案がこんな結果を招いてしまったニコルが、苦々しげに頷いた。
「ええ。彼女がどうしているかまでは分かりませんが」
「分からない?表沙汰になってないからか?」
「いえ、それについては色々あるみたいで――」
「ま、お前は無様にぶっ倒れてからのことを知らないんだから、そう思うのも無理はない。そこんとこは俺様が懇切丁寧に話してやるから、存分に感謝するように」
「一々キラの行動の真相に解説が必要だったくせに、随分と偉そうな態度だな」
そもそも全ては単なる憶測で、キラに確かめたわけではない話だ。どこまで話していいものかニコルが躊躇ったところに、ディアッカの普段と何ら変わらない軽い口調が場の空気を和らげた。イザークの辛辣な突っ込みもものともせず、何故か得意気なディアッカに、妙に救われた気がした。




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