当主




「容姿の特徴から、それがキラであるのは間違いない。連中の“血筋大事”の風潮を鑑みれば、寧ろ自然な流れだろう。少女のような顔をして、随分と頭が切れると感心していた」
「まぁ、あのアスランが無二のパートナーに相応しいと見初めたんだから、優秀さにかけては折り紙つきってやつだよなー」
うんうんと、満足そうにディアッカが頷いた。自分が褒められた訳ではないのに、何故か得意げだ。
「だから率直に“これでアスハ家も安泰ですね”と言ったら、彼は否定しなかったそうだ」
ニコルが僅かに息を飲む。
しかしディアッカにはイマイチ伝わらなかったらしく、首を捻った。
「それが何で一足飛びに当主交代って話になるんだ?キラだって現状を考えれば、代行するのもやむを得ないだろ?」
「……だから貴方は浅慮だというんですよ」
ニコルが可哀想なものを見るような視線を寄越して来る。わざとらしいほど大袈裟な溜息の後、「いいですか?」という台詞と共に、眼前に人差し指を突き付けられた。珍しく解説をしてくれるらしい。
「キラさんにとってアスハ家とは、血筋とか妾腹とか、生きていくにあたって心の底からクソどうでもいい理由で蔑んで来た家なんですよ。キラさんは冷淡じゃないからそれなりにご実家への情もあったみたいですけど、アスラン絡みのアレコレを考えれば、流石にその情も枯れ果ててるでしょ。元々当主なんてなるつもりなんか、1ミリもないでしょうし。仮に適任者がいないって理由で急遽代行を押し付けられているんなら、ちょっとでも後継者だと誤解されたら全力で否定するはずです」
「あー…、それをしなかったということは…」
突き付けた指を回収しながら、ニコルが後を受ける。
「暗に認めたと受け取られてもしょうがない。寧ろそうやって“自分が次期当主になる”と周囲の認識から変えていこうとしてるようにしか、僕には思えませんね」
漸く合点がいったのかディアッカも神妙な表情になった。
全員の認識が一致したところで、イザークが口を開く。
「しかもアスハ家はカガリ嬢のご乱行や、挙げ句の果ての刃傷沙汰までオープンにしてる」
「伏せてないんですか!?」
「大々的に吹聴もしてないがな」

これはニコルにとっても意外だった。
婚約が決まった名家のご令嬢が、あまり評判の宜しくない男どもと、夜な夜な遊び歩いているというだけで大変な醜聞である。加えて痴情の縺れでその婚約者を刺したとくれば、暇人どもの噂話に大量に燃料を投下する行為だ。しかし警察やマスコミ各社の上層部には、必ずこの“名家”の連中が混ざっているから、スキャンダルなど握り潰そうと思えば雑作ないのもまた事実。尤もそうやってひた隠しにしても“名家”の連中の間には広がってしまうが、裏では噂話に興じても、アスハ家の威光を恐れて皆素知らぬフリを決め込むはずだ。
当然今回もそうだと思っていた。

因みにアスランとの破談を狙っての謀だが、“名家”の間ではカガリの男関連の噂だけで、アスハ家の名誉にとって充分なダメージになると考えた上での画策だった。ハイネの出奔が外の世界ではどうでも良いことでも、ヴィステンフスル家に充分なダメージになったのと同じ理屈だ。パトリックが欲しかったのはアスハ家の威光だったから、それを翳らせた張本人であるカガリとの婚姻など、白紙に戻すに違いないと踏んだのだ。だからといって再度キラとの仲を認めるなどと都合のいいことにはならないが、とにかく今にも結婚させられそうになっていたのを止めるのが急務だった。案の定、男と遊び歩く傷物を寄越すつもりかと、パトリックは大いに憤慨したと聞く。

だが今回カガリが起こした不始末は、ハイネを使って仕掛けた罠とは到底比較にもならないというのに。


「…――――“名家”の傷害事件なんて…漏れれば取り返しがつかなくなる」
「しかも相手はザラグループの次期後継者。この先如何に状況が変わろうと、彼女の名が当主候補に挙がることは二度とないだろう」
「成る程。ウズミ氏を病気を理由に勇退させて安全圏に逃がしておいて、アスハ家の栄光を地に堕とすって筋書きですか」
「あの馬鹿の考えそうなことだ」
したり顔で頷き合う頭脳派二人に、再びディアッカは置いてけぼりだ。




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