当主




だからもう、カガリを解ろうとするのも止めた。
「ウズミさまを当主から引き摺り降ろしたつもりはないけど、心労で鬱ぎ込んじゃって務めを果たせないのは本当でしょ。順番から言えばきみが代行するのが筋だってのは分かる。でも肝心のきみが雲隠れしちゃってるんだから話にならない。僕が代わるしかなかったじゃないか。少なくともウズミさまの心労の原因でありながら逃げたきみに、僕を責める資格はないと思うけど」
わざと正論を並べ立ててやれば、カガリはぐうの音も出ないようで、そんなところにもキラは失望する。簡単に隙を作って相手に突っ込まれ、挙げ句の果てに機転を利かせた台詞も浮かばないとは。
「そ、そもそも私をハメたのはお前だろう!」
漸く絞り出した反論に、キラの気分は増々冷めてしまった。尚も崩さない強気の態度が、いっそ憐れにも思う。最早負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
キラは用意していた台詞を淡々と口にした。
「あきれた。じゃ証明してみなよ。出来ないでしょ?被害妄想もそこまで行けば怖いよね。百歩譲ってその主張が事実だとしても、きみさえしっかりしてれば、おかしな噂も立たなかったはずじゃない?」
策を巡らせてカガリを罠に嵌めたことは、最初から認めるつもりはなかった。自己保身のためではない。認めればニコルたちまで捲き込んでしまうからだ。このような事態を招いてしまった今となっては、浅慮だったのかもな、とは思う。だがカガリがアスランを傷付けるなど、誰に予想出来ただろうか。分かっているのはニコルたちが自分のことを思って、リスクを承知で骨を折ってくれたという事実。
キラはあからさまに溜息を吐いた。
「きみの主張は終わり?この際だから言いたいこと全部言っちゃえば?」
対してやらかした張本人のカガリがこの有り様では、食い足りないにも程がある。根拠のない威嚇など痛くも痒くもない。

ただひたすら虚しいと思った。こんなものを望んだことはない。


――――欲しかったのは、たったひとつだったのに。



キラはもう、望むことも出来なくなってしまった。

冷めた視線の先で、カガリは相変わらず奥歯を噛み締めるばかりだ。これ以上は時間の無駄でしかない。
「ないみたいだから、今度は僕が言わせてもらう」
キラは意図的に纏う空気の色を変えた。これを言いたいがために、カガリを探し出したと言っても過言ではない。容赦なんかしてやる情も義理も欠片も残ってはいなかった。

「アスランを傷付けたこと、僕は絶対に許さないから」

「――――――な…?」


そんなに驚かれるほど意外な発言をしたつもりはなかったが、カガリは目を見開いて硬直した。尤も言われた内容より、雰囲気の方に飲まれたのかもしれない。
どちらにせよキラの知ったことではないが。
「悔しいけど僕が彼に相応しくないなんて、最初から分かってた。だから彼が僕以外の誰を選んでも、潔く身を引くつもりだったんだ。でもそれは彼の幸せが確約されてるっていうのが大前提」
空気さえもがピリピリと小さな棘を持ったように、カガリの全身を突き刺した。

こんなキラは知らない。少なくともカガリの前では見せたことのない姿だった。

「きみが許婚者になった時だって、そりゃ辛かったけど、まだ身を引く気はあった。いくら同性の婚姻が認められてるとは言っても、少数派だってことに変わりないし、色々無理しなくてもきみならザラ家やアスハの後継者をもうけることも容易い。ザラ家が欲しかったのはアスハ家の名誉で、きみが嫁ぐつもりなら、わざわざ僕を選ぶなんて無駄でしょう。ちゃんと分かってたよ。でも――」
キラの冷たい瞳はカガリの本能的な恐怖を呼び起こす。冷たい汗が背中を落ちて行く。
揺らがないその瞳が、何か決定的なことを言おうとしているのだと伝えて来る。

一旦言葉を切ったキラが再び唇を解くのを、カガリは呆然と見ているしかなかった。


「アスランを傷付けたきみを、僕は絶対に許さない」




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