当主
・
「お前!こんなことして許されると思ってんのか!!」
キラは意味が分からないとばかりに、盛大に眉を寄せてやった。勿論わざとだ。心当たりなんて山ほどあるが、せめてもの意趣返しである。他の誰に責められても、カガリにだけは糾弾されたくはなかった。
「一体どれのことを言ってるの?逃亡中のきみを人を使ってまで探し出して、無理矢理連れ戻したこと?それとも僕が当主の座に収まったこと?ああ、それとも―――」
「とぼけるな!お父様を強引に当主から引き摺り下ろしたクセに!!」
カガリの金切り声が、キラの言葉を遮った。逆らわずに口を閉じる。
「興味ありません、みたいな顔をして油断させといて、本当はずっとアスハ家を狙ってたんだろう!」
尚もヒートアップし続けるカガリとは裏腹に、キラの頭はどんどんと冷めて行く。やがて辛うじて張り付いていた嘲笑すら消え失せ、ただ無表情で喚くカガリを見据えた。
キラへの呪詛を吐くカガリが、何か別の生き物のように感じた。
「…――――言いたいことは、それだけ?」
カガリの罵詈雑言をいっそ綺麗に聞き流し、出たのは自分でも驚くほどの低い声だった。
「えっ!?」
当然キラのこんな声を聞いたことがないカガリも、吃驚してキラを見た。
キラの様子はカガリがこの部屋へ連れて来られた時と変わらない。静かに執務机に座っている。ただまるで別人のように無表情だった。
息を飲んだカガリの隙を、キラは見逃さず反撃に転じる。
キラにだって譲れない一線はあるのだから。
「……生憎とアスハ家当主の座なんか、こっちから願い下げなんだけど。僕のこと、そんな風に思ってたんだね」
「う・嘘だ!」
「嘘なんかじゃないよ。そもそも僕は面倒くさいことは嫌いなんだ。名誉にも権力にも魅力なんか感じないし、仮にこの先欲しくなったとしても、自分の力で手に入れる。そういうものって誰かに与えて貰っても、身の丈に合ってなかったら、自惚れて無様な醜態を晒すだけだと思うしね」
「綺麗事だ!お前、言ってることとやってることが違うじゃないか!」
「だからお陰様で苦労してるよ。一番分かってない人間が命令する立場だなんて、ほんと滑稽だよね。きみを探し出すには役に立ったけど、この便利さに慣れちゃうのは、やっぱり怖いかな」
キラは自らの現状を謙遜したつもりはなかったが、ウズミの時から引き継いで側近を努めている者に言わせれば、また違った評価をしただろう。キラには実務経験の無さを補って余りある明晰さがあった。吸収も目を見張るほどで、末はさぞや名を残す立派な当主になることだろうと、密かに期待されているのだ。
尤もキラが残すのは、名が名でも“不名誉”な“汚名”の予定なのだが。
音が聞こえるほど奥歯を噛み締めたカガリに、キラは尚も淡々と語った。
「それにさ。僕はウズミさまに対しても、不信感しかなかった。妾腹の息子なんか、あの人にとってはこの程度なんだと、思い知らされる出来事があったからね。ま、あの人には僕こそが面倒事の最たるものだったんだろうから、今となっては分からないでもないけど、あの頃の僕には辛かったなぁ」
「だからお父様を恨んで――」
キラはことりと首を傾げた。漸く普段のキラらしい姿が出た。
「どうかな。恨んでた時期もあったかもね。でも幸い僕のエネルギーはそっちへ向かなかった。これ以上アスハ家に深入りするのは冗談でもごめんだったし、それにはさっさと自立して離れるのが一番だと思ってた。あぁでも、僕のそういう“関わりたくない”って考えが、きみたちにあらぬ誤解を与えちゃった一因なのかもね」
アスハ家当主の座など、望んだことは一度もない。今言ったことにひとつも嘘や偽りはなかった。とはいえカガリが信用しようとすまいと、どちらでも良かった。どれだけ誤解だと説いてみたところで、キラがこうして当主についているのは、動かせない事実なのだから意味はない。
今更解って欲しいとも思わなかった。
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「お前!こんなことして許されると思ってんのか!!」
キラは意味が分からないとばかりに、盛大に眉を寄せてやった。勿論わざとだ。心当たりなんて山ほどあるが、せめてもの意趣返しである。他の誰に責められても、カガリにだけは糾弾されたくはなかった。
「一体どれのことを言ってるの?逃亡中のきみを人を使ってまで探し出して、無理矢理連れ戻したこと?それとも僕が当主の座に収まったこと?ああ、それとも―――」
「とぼけるな!お父様を強引に当主から引き摺り下ろしたクセに!!」
カガリの金切り声が、キラの言葉を遮った。逆らわずに口を閉じる。
「興味ありません、みたいな顔をして油断させといて、本当はずっとアスハ家を狙ってたんだろう!」
尚もヒートアップし続けるカガリとは裏腹に、キラの頭はどんどんと冷めて行く。やがて辛うじて張り付いていた嘲笑すら消え失せ、ただ無表情で喚くカガリを見据えた。
キラへの呪詛を吐くカガリが、何か別の生き物のように感じた。
「…――――言いたいことは、それだけ?」
カガリの罵詈雑言をいっそ綺麗に聞き流し、出たのは自分でも驚くほどの低い声だった。
「えっ!?」
当然キラのこんな声を聞いたことがないカガリも、吃驚してキラを見た。
キラの様子はカガリがこの部屋へ連れて来られた時と変わらない。静かに執務机に座っている。ただまるで別人のように無表情だった。
息を飲んだカガリの隙を、キラは見逃さず反撃に転じる。
キラにだって譲れない一線はあるのだから。
「……生憎とアスハ家当主の座なんか、こっちから願い下げなんだけど。僕のこと、そんな風に思ってたんだね」
「う・嘘だ!」
「嘘なんかじゃないよ。そもそも僕は面倒くさいことは嫌いなんだ。名誉にも権力にも魅力なんか感じないし、仮にこの先欲しくなったとしても、自分の力で手に入れる。そういうものって誰かに与えて貰っても、身の丈に合ってなかったら、自惚れて無様な醜態を晒すだけだと思うしね」
「綺麗事だ!お前、言ってることとやってることが違うじゃないか!」
「だからお陰様で苦労してるよ。一番分かってない人間が命令する立場だなんて、ほんと滑稽だよね。きみを探し出すには役に立ったけど、この便利さに慣れちゃうのは、やっぱり怖いかな」
キラは自らの現状を謙遜したつもりはなかったが、ウズミの時から引き継いで側近を努めている者に言わせれば、また違った評価をしただろう。キラには実務経験の無さを補って余りある明晰さがあった。吸収も目を見張るほどで、末はさぞや名を残す立派な当主になることだろうと、密かに期待されているのだ。
尤もキラが残すのは、名が名でも“不名誉”な“汚名”の予定なのだが。
音が聞こえるほど奥歯を噛み締めたカガリに、キラは尚も淡々と語った。
「それにさ。僕はウズミさまに対しても、不信感しかなかった。妾腹の息子なんか、あの人にとってはこの程度なんだと、思い知らされる出来事があったからね。ま、あの人には僕こそが面倒事の最たるものだったんだろうから、今となっては分からないでもないけど、あの頃の僕には辛かったなぁ」
「だからお父様を恨んで――」
キラはことりと首を傾げた。漸く普段のキラらしい姿が出た。
「どうかな。恨んでた時期もあったかもね。でも幸い僕のエネルギーはそっちへ向かなかった。これ以上アスハ家に深入りするのは冗談でもごめんだったし、それにはさっさと自立して離れるのが一番だと思ってた。あぁでも、僕のそういう“関わりたくない”って考えが、きみたちにあらぬ誤解を与えちゃった一因なのかもね」
アスハ家当主の座など、望んだことは一度もない。今言ったことにひとつも嘘や偽りはなかった。とはいえカガリが信用しようとすまいと、どちらでも良かった。どれだけ誤解だと説いてみたところで、キラがこうして当主についているのは、動かせない事実なのだから意味はない。
今更解って欲しいとも思わなかった。
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