当主
・
「カガリを訴える線は薄そうだな」
「まぁそんなことしても、パトリック氏にメリットはありませんしね。アスハの方の体面は酷く傷付くでしょうけど」
「揉み消しか」
「対外的にはそうなるでしょうか」
元々重い空気が一層重くなる。
勿論パトリックは揉み消しによってアスハ家を助けようとしているのではない。寧ろ表向きに制裁を加えられる方が、遥かにダメージは小さいだろう。それがアスランたちに解らないはずがなかった。
名声を利用したプロジェクトの損失をアスハに被らせるのは、既にパトリックにとって規定路線である。だがそれはあくまで商売上の問題で、金銭でカタがつく。しかし後継者を失いかけた一件はそうはいかない。何らかの“落とし前”をつけさせようと考えているに違いないのだ。
現場に居合わせたディアッカの機転で、幸か不幸か、辛うじて障害事件は表沙汰にはなっていない。だが仮にカガリが逮捕されることにでもなれば、少なからず世間の耳目に晒されるだろう。ニコルも言うようにアスハの名声に傷が付くのは必至だが、そんなもの、既に破談しているザラ家にとって良くも悪くも関係ない。つまりそれでは“生温い”ということだ。小娘ひとりの逮捕などで後継者を失いかけた危機が賄えるはずがない。
パトリックが報復の意味を込めてその手でアスハを潰したがるのは明白で、ならば大衆の目が行き届かない分、水面下でことを進める方が遥かに容易くなる。どんなえげつない方策を取ろうと、口煩く咎める者はいないからだ。
表沙汰にしないということは、即ちパトリックが法外な手段を使おうとしていることを意味する。
病室の空気が重くなるのも道理だった。
「本来のキラだったら父上の圧力くらい、回避すると思えるんだが」
苦り切ったアスランの呟きに、ニコルが僅かに目を見開いた。
「……驚きました。キラさんが優秀であることに異論はありませんが、まさか貴方がそれほど買ってるとは」
純粋に感心したニコルに、アスランは些か呆れた目を向ける。
「らしくない認識不足だな。俺が共にザラを継ぐのに必要な相手だと認めた男だぞ、キラは」
「そうかもしれんが、敵はパトリック氏だぞ?いくらキラとはいえ――」
ニコル同様、驚かされたイザークも口を挟む。だがアスランの持論は揺るがなかった。
「一度何かを決めたキラは、恐ろしく強い。推測だが、非情にも冷酷にもなれるんだと思う。ただ相手を“敵”と認識すれば、の話だ」
「キラはパトリック氏を敵だと思ってないってことか?」
眉をしかめたイザークに、アスランは苦く笑って曖昧に返事を誤魔化した。
キラの敵はキラ自身だ。
ただそれをこの場で言ってみたところで意味はない。真実はアスランが知っていれば充分だった。
「……はっきり断言出来るのはひとつだけだ。事態が如何に転ぼうと、俺はキラを手放すつもりはない」
イザークとニコルにも異論はなかった。彼らとてこれでキラとの縁が切れてしまうのは、忍びないのだ。
それに―――
アスランとキラが結ばれる姿を見てみたいと思う。
敢えて口に出さないのは、これまで色恋沙汰に振り回されるなど、愚の骨頂だと馬鹿にしていた所為だ。
でもキラと出会ったアスランの変化は、そんな彼らの目を覚まさせるには充分だった。何かを得ようと躍起になる姿は、時にはみっともなく映っても、どこか特別なものに思えた。たったひとつを求めただけで、アスランの表情はまるで違って見える。何でも望むより前に与えられたアスランや自分たちには、到底出来なかった表情だった。
これまでならパトリックの尻馬に乗って、嬉々としてアスハへの制裁に加担したことだろう。格好の退屈凌ぎとして。そうだ、退屈していた。
冷めた目で引かれたレールの上をただ歩くだけのつまらない一生。それを自分から外れようとしているアスランが、それだけの動機を与えるキラという無二の存在に出逢えたアスランが、羨ましかった。悔しいがアスランは、良い変化を遂げたのだ。
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「カガリを訴える線は薄そうだな」
「まぁそんなことしても、パトリック氏にメリットはありませんしね。アスハの方の体面は酷く傷付くでしょうけど」
「揉み消しか」
「対外的にはそうなるでしょうか」
元々重い空気が一層重くなる。
勿論パトリックは揉み消しによってアスハ家を助けようとしているのではない。寧ろ表向きに制裁を加えられる方が、遥かにダメージは小さいだろう。それがアスランたちに解らないはずがなかった。
名声を利用したプロジェクトの損失をアスハに被らせるのは、既にパトリックにとって規定路線である。だがそれはあくまで商売上の問題で、金銭でカタがつく。しかし後継者を失いかけた一件はそうはいかない。何らかの“落とし前”をつけさせようと考えているに違いないのだ。
現場に居合わせたディアッカの機転で、幸か不幸か、辛うじて障害事件は表沙汰にはなっていない。だが仮にカガリが逮捕されることにでもなれば、少なからず世間の耳目に晒されるだろう。ニコルも言うようにアスハの名声に傷が付くのは必至だが、そんなもの、既に破談しているザラ家にとって良くも悪くも関係ない。つまりそれでは“生温い”ということだ。小娘ひとりの逮捕などで後継者を失いかけた危機が賄えるはずがない。
パトリックが報復の意味を込めてその手でアスハを潰したがるのは明白で、ならば大衆の目が行き届かない分、水面下でことを進める方が遥かに容易くなる。どんなえげつない方策を取ろうと、口煩く咎める者はいないからだ。
表沙汰にしないということは、即ちパトリックが法外な手段を使おうとしていることを意味する。
病室の空気が重くなるのも道理だった。
「本来のキラだったら父上の圧力くらい、回避すると思えるんだが」
苦り切ったアスランの呟きに、ニコルが僅かに目を見開いた。
「……驚きました。キラさんが優秀であることに異論はありませんが、まさか貴方がそれほど買ってるとは」
純粋に感心したニコルに、アスランは些か呆れた目を向ける。
「らしくない認識不足だな。俺が共にザラを継ぐのに必要な相手だと認めた男だぞ、キラは」
「そうかもしれんが、敵はパトリック氏だぞ?いくらキラとはいえ――」
ニコル同様、驚かされたイザークも口を挟む。だがアスランの持論は揺るがなかった。
「一度何かを決めたキラは、恐ろしく強い。推測だが、非情にも冷酷にもなれるんだと思う。ただ相手を“敵”と認識すれば、の話だ」
「キラはパトリック氏を敵だと思ってないってことか?」
眉をしかめたイザークに、アスランは苦く笑って曖昧に返事を誤魔化した。
キラの敵はキラ自身だ。
ただそれをこの場で言ってみたところで意味はない。真実はアスランが知っていれば充分だった。
「……はっきり断言出来るのはひとつだけだ。事態が如何に転ぼうと、俺はキラを手放すつもりはない」
イザークとニコルにも異論はなかった。彼らとてこれでキラとの縁が切れてしまうのは、忍びないのだ。
それに―――
アスランとキラが結ばれる姿を見てみたいと思う。
敢えて口に出さないのは、これまで色恋沙汰に振り回されるなど、愚の骨頂だと馬鹿にしていた所為だ。
でもキラと出会ったアスランの変化は、そんな彼らの目を覚まさせるには充分だった。何かを得ようと躍起になる姿は、時にはみっともなく映っても、どこか特別なものに思えた。たったひとつを求めただけで、アスランの表情はまるで違って見える。何でも望むより前に与えられたアスランや自分たちには、到底出来なかった表情だった。
これまでならパトリックの尻馬に乗って、嬉々としてアスハへの制裁に加担したことだろう。格好の退屈凌ぎとして。そうだ、退屈していた。
冷めた目で引かれたレールの上をただ歩くだけのつまらない一生。それを自分から外れようとしているアスランが、それだけの動機を与えるキラという無二の存在に出逢えたアスランが、羨ましかった。悔しいがアスランは、良い変化を遂げたのだ。
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