覚醒




「姫さん?大丈夫か?」

キラはディアッカよりも身長が低い。その上今は俯いてしまっているから表情までは見えなくて、ディアッカは膝を曲げて声をかけながら覗き込んだ。
アスランがこんなことになって一体どれほど憔悴しているだろうかと、珍しく心配をした所為だが、それはあらゆる意味で裏切られることになる。

キラの目が、おそろしく不穏な光を帯びていたからだ。

修羅場慣れしているはずのディアッカでも、思わず息を飲んでしまうほどの静かな迫力だった。そういえばキラはさっきも、アスランを刺した“犯人”を追って駆け出そうとしていたのを思い出す。


「ずっとこの調子なんです」
困り果てたようにレイがチラリとキラに視線を流しながら証言した。一方のキラは、自分が話題になっているというのに、ずっと変化を見せない。まるで聞こえていないかのようだ。
「話しかけても返事もありませんし……て、あの?」
ディアッカまでフリーズしているのに気付いたレイに、訝しげに声をかけられて、ディアッカははっと我に返った。

(――――気圧された?まさか、俺が?)


ディアッカにとってキラとは常に“アスランの恋人”というフィルターの向こうに居る存在だ。
華奢で可愛らしい容姿。気性はややツンデレ気味だから、時々アスランとつまらない口論(所謂痴話喧嘩)を展開したりもするが、やはり“守られている”印象の方が強い。
とはいえ男であるのは厳然とした事実で、守られてばかりの自分を歯痒く思っているから、のも分かってはいた。でもそれとは明らかに質が違った。
今、キラは確かにディアッカに“恐怖”を与えたのだ。


思ってもみなかった一面に、ごくりと小さく喉が鳴る。しかし外界を遮断してしまっているキラを、早急にどうにかしなければ、なにをしでかすか想像がつかない。
ディアッカは動揺に無理矢理蓋をして、息を吸って腹に気合いを込め、キラの両肩を掴んで荒々しく揺さぶった。
「おーい!姫さん!!」
間近で大声を出されて、漸くキラの瞳が焦点を結んだ。
「……あ、ディアッカさん?」
「“ディアッカさん?”じゃねーよ、もー!こえー顔して、一体何を考えてたんだ?」
「……………………」
「あれ、話してくんないの?」
答えてくれないのは分かっていた。ディアッカとてまだ胸の内を晒して貰えるほど、打ち解けてくれているなどと自惚れてはいない。それを残念に思う自分に少しだけ驚きながら、ディアッカはポリポリと首を描いた。
「……予想はつかないでもないけど、余計なことは考えんなよ?ニコルももうすぐ来るはずだから」
「ニコルさんが?」
「そ。それまでおとなしくしてるこった」
緊張を解すようにポンポンと軽く頭を叩いてやる。それが効を奏したのか、キラの身体から力が抜け、強ばっていた表情も戻った。




「私どもはこれで失礼します」
やり取りが一段落するのを待って、すっかり蚊帳の外だった刑事の内、男の方が軽く頭を下げてきた。彼も自分たちの手出し出来る領域でないことは理解したらしい。だが理解は出来ても納得は出来ないのだろう。口調はあくまでも丁寧だったが、悔しさを誇示するように、不満も顕わな表情を隠そうともしなかった。こちらの知ったことではないが。
「奴のオペが終わらんことには、あんたらがここに居てもしょーがねーしなぁ。オッケー、後は任せな」
まぁそうなるだろうな、と頷いたディアッカの言い種が気に障ったのか、反射的に口を開けたハウ刑事を、男の刑事が目で諌める。到底承服してない剣幕だったが、それでも彼女は口を噤んだ。目の端にディアッカのしたり顔が映って更に煽られても、捲し立てるつもりだった罵詈雑言を飲み込んでいる。その代わりに圧し殺した声で言った。
「……私は残ります」
「ハウ!」
「上から指示がくれば従います!それまでですから!!」
「いいから、帰るんだ」
「サイ、貴方、悔しくないの!?」
「――――――そんなの、訊くまでもないだろ?」
「~~~~~っ」


ふたたびハウ刑事が唇を噛んだところで、ディアッカが割って入った。
「茶番は終わった?」
つまらない寸劇を見せられたと言わんばかりの嘲笑付きだ。当然二人の刑事は睨み付けたが、それすらも飄々と受け流す。そもそも役者が違い過ぎるのだ。
それもキラの静かな怒気を食らった後とくれば、効果などたかが知れている。




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