覚醒




「あー…家族、にはまだだけど、それに近い人間なら、今こっちに向かってるとこ」
「そんな勝手な――」
「ハウ刑事!」
食ってかかる女刑事を、老刑事が片手で制した。ふざけた調子を崩さない若造には腹が立つが、一々喧嘩腰では話が前に進まない、というところか。
この女刑事、ハウっていうのか。名前は何ていうんだろう…と関係ないことを考えながら、ディアッカは軽い調子で続けた。
「心配しなくてもザラ家には連絡するよ。つか、病院から連絡行くんじゃね?警察がどこまで介入するのかとかはそっから、もっと上の方で決まるんじゃねーの?追って沙汰ありって感じ?」
ハウと呼ばれた女刑事が悔しそうに唇を噛んだ。腹が立つほど真実だ。いつだって自分たちに自由などありはしない。
遠慮なく痛いところを突いておきながら、ディアッカはあっさりと身を翻した。
「てーことで、俺は病院行くわな」
「わ、私も行きます!」
これ以上勝手なことをされて堪るかとばかりに、ハウ刑事が声を上げる。これには流石のディアッカも驚いたように半身を返した。
「や、別に俺はいいけど、そっちはいいの?そんな勝手して」
例え後々上層部から横槍が入ってご破算になるのが判りきってはいても、捜査とはチームで行うものではないのだろうか。彼女は若く、どう見ても余り経験があるとは思えない。先程はディアッカを勝手だと罵ったが、彼女の方こそ身勝手は許されない立場のはずだ。
しかし普段の彼女を知る老刑事は、この展開を粗方予測していたらしい。深々と溜息を吐いて、半ば捨て鉢に忠告を混ぜた了承を返した。
「正義感が強いのはいいが、行き過ぎるなよ?」
「有難うございます!」
「あ、許しちゃうんだ」
「まだ上からの命令は来てないわ!従うものもない!さ、行くわよ!!」
「へーい」

和み系の顔に似合わず、気は強い。いつの間にか主導権を握られたディアッカは、こういうのも悪くないなと思いつつ、老刑事をその場に残し、連れ立って大学付属病院へと足を向けたのだった。




◇◇◇◇


アスランの姿は救命の処置室にはなかった。そこらにいた若い看護師を捕まえて聞くと、奥にあるオペ室前へと案内してくれた。


「姫さん!」
衛生上の問題からか窓のない短い廊下の先に、数人が立っているのが見える。声をかけると、壁に背を預けて俯いていた亜麻色の髪がピクリと反応した。しかし伏せた顔が上がることはなかった。

共に居た男の刑事が怪訝そうな顔をする。病院に詰めていた彼はことの経緯を全く知らないのだから、当たり前だ。ハウ刑事が掻い摘んで説明するのを横目に、ディアッカもキラに歩み寄った。
「アスランは?」
キラに尋ねたのだが、答えたのはレイだった。
「大きな血管が傷付いているのと、ひょっとしたら臓器まで達してる可能性があるそうです。処置室では設備不充分ということで、こちらへ移されました。オペが始まったのは、多分ついさっきだと思います」
「まぁ刺さったもんは抜かなきゃなんないからなぁ」
ディアッカは口調とは裏腹に小さく舌を打った。案の定、面倒なことになっている。
「姫さんに付いててくれて、あんがとな」
今更ながら“姫さん”とはキラのことでいいんだよなと、レイは頭の隅で考えながら応じた。
「――――いえ。元はといえば、俺がヤマト先輩に無理言ったからですし」
冷静な状況判断だ。この後輩くんは見た目通り賢い男のようだと好感を持つ。
「その台詞が出るってことは、俺らが姫さんのガードしてたって察しはついてるんだな。でも後輩くんは関係ないだろ。あの場にアスランが居合わせなかったらさ、刺されたのは姫さんだったかもしれない。責任感じるのは無理もねーけど」
「……はあ」
レイにとってはディアッカこそが偶々あの場に居合わせただけの人間だ。そのディアッカに慰め(?)られるのも変な状況だと思ったが、この男からはアスランやニコルと同種の臭いがする。きっと自分より事情に詳しいのだろう。キラからもアスランの既知だと説明を受けた。
レイの返事は曖昧ものになってしまったけれど、ディアッカがそれ以上追及して来ることはなかった。


キラが、静か過ぎるからだ。




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