覚醒




そこへ若い刑事と共に病院へ向かった女刑事が、血相変えて戻って来た。
「大変です!被害者の身元ですが――」
が、チラリとディアッカを見て慌てて口を噤む。第三者の前で個人情報を口走るわけにはいかないとの判断だろう。尤もディアッカは第三者ではないのだが、よく教育が行き届いてるな、といっそ感心した。あと慌てた顔が可愛いな、などと不謹慎なことも頭を過る。
(いかんいかん)

――――女とくれば見境なくなるのも、いかがなものかと思いますよ。

以前言われたニコルの台詞だ。ゴミを見るような目をしていた。
あの時はそこまで節操なしじゃないぞと反論したが、この体たらくでは言い訳にもならない。珍しく自らの性癖を反省したディアッカは、アスランの身元を隠す必要がないと分かるように言ってやった。
「ま、そういうことなんで。この件は、あんま公に出来ないんだよね」
「は……、あ、はぁ、」
あ、その鳩が豆鉄砲食らったような顔、かなり可愛いね、女刑事さん。でも俺の言った言葉の意味、本当に分かってる?
「でさ、俺、連絡取りたい相手がいるんだけど、OK?」
未だ動揺を隠せない女刑事を一先ず眺めるだけにとどめ、ディアッカはいくらか落ち着いている老刑事に向かって許可を取った。そこは流石の、百戦錬磨(知らないけど)。老刑事はこの僅かな時間に混乱から立ち直りかけていて、苦虫を噛み潰した表情で頷いた。
「お好きに、どうぞ」
「すいませんねぇ」
まずはニコルだ。普通に考えればパトリックなのだろうが、アスランを刺した相手がカガリでは、状況がどう転ぶか分からない。パトリックの耳に入れるのは、あらゆる方策を立ててからだろう。アスランの様子はあまり猶予があると思えなかったが、だからこそニコルに知らせる必要があった。彼の方がディアッカより謀には向いている。
無関心なようでいて、ディアッカだってアスランとキラには上手く行って欲しいのだ。

女刑事が老刑事に「いいんですか?あれ」などと小声で囁き、それに目の動きだけで頷いている老刑事を尻目に、携帯を耳に当てる。彼は既に自分たちが手出し出来る領域でないことを覚悟しているようだ。残ったのが若い方の刑事だったらこうは行かなかっただろう。
(話が早くて何よりだ)
ディアッカは携帯のコール音を聞きながら、口許に笑みを刻んだ。




◇◇◇◇


しつこく鳴らされてお怒りモードで出たニコルは、ディアッカからことのあらましを聞くと「すぐに行きます」と、一方的に電話を切った。そもそも急用のためキラのガードをディアッカと代わったはずだったのに、大丈夫なのだろうか。自分から知らせておいて今更ではあるが、まさかニコルが来るつもりになるとまでは思ってなかった。
だがディアッカはすぐに浮かんだ懸念を消した。
友人という生易しい言葉の似合わない複雑な関係ではあるものの、ニコルだってきっと同じだからだ。

自分たちはまだほんの子供の頃に出会ってから、良くも悪くも長い時間を共有してきた。決して馴れ合うことはないし、これからもないとは思う。だがいざという時には力を貸してやりたい。窮地に陥ったのがイザークでもニコルでも同じだ。
(いつの間にこんなことになっちまったんだかなぁ)
自然と口許に苦い笑いが浮かぶ。しかも悪い気分ではないのが、自分でも処置なしだと呆れた。

(さーてと。そんじゃ俺は、眠り姫ならぬ眠り王子のご機嫌伺いにでも、参りましょうか)

事態は何一つ改善してないけれど、次世代組の連中がいればきっとどうにかなる。根拠はなくても、少し、救われた気がした。


「ご家族に連絡はつきましたか?」
通話を終えたのに、何も言わないディアッカに焦れて、女刑事が目を眇めて訊いてきた。無論睨まれて堪えるディアッカではない。連絡を取るとは言ったが、相手が家族だとは一言も言ってないのだ。この場面ではセオリーではあるのだろうが、そんなものディアッカの知ったこっちゃなかった。




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