覚醒




(さぁて。どうやって誤魔化そうかね)
呑気とも取れる思考を巡らせながら、わざと男二人の数メートル先で足を止めた。

「失礼。少し前にここで起きた傷害事件についてご存知ですか?」
年輩の方の男が身分証をチラつかせながら近付いて来た。病院の方向から現れたディアッカを、無関係だなどと露ほども思ってない。眼光だけは捕食者のそれでいて、あくまでも低姿勢。食えないな、と思った。因みに若い方は老刑事の目配せを受け、近くにいたオレンジ頭の女刑事を伴って、そのまま附属病院へと行ってしまった。被害者の容態を医師に確認するためだろう。

ディアッカはこれまたわざとらしい仕草で、能天気に頭を掻いて見せた。
「あー、はい。知ってますよ?見てましたから」
「お話を聞かせてもらってもいいですか?」
完全にディアッカの表情を観察する目だった。まったく油断がない。
却って好都合かもしれない、とも思う。経験が長ければ長いほど、自分が踏み込める領域でないことも、すぐに納得するだろう。のらりくらりと話を合わせて時間稼ぎをしつつ、ディアッカは考えた。

脳裏に蒼白なアスランの顔が浮かぶ。
いくら油断していたとはいえ、通常なら刺されるどころか、近付けさせもしないはず。だが実際そうはならなかった。
(あんの、馬鹿たれが…)
無意識に鼻を鳴らした。
キラが狙われるのは最初から想定されていた。だからディアッカやニコルが交代でキラのガードに付いていたのだ。アスランとて“可愛い後輩くん”の所為で頭に血が上っていたとはいえ、物騒な気配くらい予め探っていただろう。これはもう習性みないなもので、キナくさいものに対しては、息をするくらい自然に鼻が利くのだ。
アスランの傍にいることを選んだキラを排除したがるのは、ザラ家と、残念ながらアスハ家も外せない。どちらが来たとしても、それなりに手練れの者が差し向けられると思っていたから、対処も万全だった。
しかし予想は覆された。カガリ本人が来るとは想定してなかった。自分たちは彼女の性格を知らなさ過ぎたし、やはり女だからと侮っていた。

運が悪かったのは、相手が“素人”で“女”だったこと。

加えてこちらも庇われることはあっても庇うことには慣れてない。だからこそ過剰に警戒していたのだが、まさかこうもあっさりと、と歯噛みしたくもなる。
(だからってお前が犠牲になるんじゃ、本末転倒もいいとこだろ!!)
全く。面倒事を増やしやがって!と文句のひとつも言ってやりたいくらいだ。


「随分と落ち着いてますが、場馴れしてるんですか?」
それまで愚にもならない質問を並べていた老刑事が、不意に核心を突いて来て、ディアッカは一旦思考を断ち切った。ストレートに訊かないのが実に老獪だ。事実を聞き出すには、わざと話を回りくどくし、相手を苛立たせる手法が有効である。
(腹の探りあいも面白いと思ったけど、やってる場合じゃないか)
暇潰しに遊ぶほど、残念ながら余裕がない。ならばこちらは直球で行かせてもらうと、ディアッカは早々に伝家の宝刀を抜いた。
「アスラン・ザラだよ」
「――――――は?」

それまで黙っていたディアッカが、脈絡なく言った言葉を受け取り損ねたか、刑事が素っ頓狂な声をあげる。
「だーかーらー、被害者?の名前!」
「お知り合いなんですか?では詳しくお話しを…」
前のめりになった老刑事だったが、直ぐに言葉を詰まらせた。
「…………」
落ち着きなく視線が彷徨う様を、ディアッカはただ静かに眺めた。

「………………アスラン……ザ・ラ?」
「気付いて頂けたようで何より。因みに俺はディアッカ・エルスマン。身分証明書が必要?」

呆然とするしかない刑事を慮るでもなく、ディアッカはいつもの軽い調子で続ける。
「生憎証明書はないけど、俺らは多分あんたの想像してる通りの人間で間違いない。これ、どういう意味か分かるよね」




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