覚醒
・
言っていることは正論かもしれない。かもしれないが流してしまえない部分があった。
「あのですね、ディアッカさん!レイは浮気相手なんかじゃ――」
「……傍についててやってよ」
キラの喉がヒュッと音を立てた。
訂正しかけたキラを遮ったディアッカの声が、打って変わった囁くようなトーンだった所為である。
声量はこの距離でなければ聞こえないほど小さいものだったが、普段が普段だけに妙な威力があった。そもそも人をおちょくるのが趣味のようなディアッカであるから“浮気相手”だなんて、あくまでもふざけた言い方をしたものの、きっとこちらが本心なのだ。
キラが目先の抵抗をやめ、静かになるのを待ってから、ディアッカは声のトーンを変えることなく淡々と話し続けた。
「多分……結構際どいところ、刺されてる。処置が迅速だったのは幸いだったと言うレベルだと思う。そんなあいつを戻すには、姫さんを置いて他に適任者はいない。諸々の面倒事は一先ず俺に任せてさ。姫さんはアスランに力を貸してやってよ」
「だけど…それってお医者さんの仕事でしょ?」
「……それ、本気で言ってんの?」
これは駄目だ、とディアッカは頭を抱えたくなった。アスランにとってキラが傍にいてくれるというだけで、一体どれだけ力になるのか、全く解ってない。
キラの自己評価が極めて低く、自分のことになるとおそろしく鈍感だとは聞かされていたし、ディアッカ自身も薄々そうだろうなと思ってはいた。しかし流石にこれには呆れ果てる。
とはいえ、そこを詳しく教えてやるほど親切ではないのが、ディアッカだ。
「まぁ力を貸す云々は置いとくとしてさ。目ぇ覚めて最初に見るのが俺ってんじゃ、あいつも頑張った甲斐がないってもんだろ?」
いつもの冗談を混ぜて、ディアッカは話を締め括った。
幼少期から訓練を受けているのは、何もアスランだけの話ではない。ディアッカの境遇も似たり寄ったりなのは言わずもがなで、その上での言葉には重みがあった。つまり精神論に頼らなければならないほど、アスランの状態は余談を許さないと言っているのだ。
改めて全身が冷えていく感覚に、キラの身体がブルリと震えた。
「…――――分かりました」
「おー、いい返事」
通常運転に戻ったディアッカに、幾分か救われた気分になる。ひょっとしたらそれも計算の内なのかもしれない。
問題は何も解決していないけれど。
アスランをただの一般人の括りに入れるのは、どうしたって無理がある。なんせあのザラ家の次期後継者なのだ。まして加害者がアスハ家の長子であるカガリとくれば、間違いなく大事になる。事を公にして普通の傷害事件で処理するのは如何にもまずい。そのくらい門外漢のキラにだって分かっている。
しかし残念なことに、キラではまず誰に連絡をつければいいのかすら見当もつかないし、連絡先さえも分からない。それをディアッカならば安心して任せておけるのだ。
結局は他人に頼らねば何も出来ない無力感が押し寄せる。だがここはちっぽけなプライドなど後回しにするべき場面だ。キラは噛み締めた唇を解いた。
「…宜しくお願いします」
一任されたディアッカから「りょーかい」と軽快な返事が聞こえる。優しく膝の辺りをポンポンと叩かれたのは、キラの悔しさを少しでも緩和しようとしてくれたのかもしれない。
◇◇◇◇
「さーてと…」
キラとレイを救命の処置室前に残し、一人附属病院を後にしたディアッカの視界の隅に、アスランが刺された現場の方角から、スーツ姿の男が二人こちらへと向かって来るが写った。
パトカーらしきサイレン音が複数聞こえていたし、風体からも明らかに刑事であるのが一見して分かる。
ディアッカは些かゲンナリした。
(おーおー。日本の警察は優秀だねぇ)
事件の解決は初動捜査に大きく左右される。通報と現状から傷害事件だと当たりをつけ、早速目撃者を探しに動き出したのだろう。しかしディアッカにとってこの“優秀さ”こそが厄介のタネでもあった。とにかく事を穏便に運ぶのが大前提だ。
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言っていることは正論かもしれない。かもしれないが流してしまえない部分があった。
「あのですね、ディアッカさん!レイは浮気相手なんかじゃ――」
「……傍についててやってよ」
キラの喉がヒュッと音を立てた。
訂正しかけたキラを遮ったディアッカの声が、打って変わった囁くようなトーンだった所為である。
声量はこの距離でなければ聞こえないほど小さいものだったが、普段が普段だけに妙な威力があった。そもそも人をおちょくるのが趣味のようなディアッカであるから“浮気相手”だなんて、あくまでもふざけた言い方をしたものの、きっとこちらが本心なのだ。
キラが目先の抵抗をやめ、静かになるのを待ってから、ディアッカは声のトーンを変えることなく淡々と話し続けた。
「多分……結構際どいところ、刺されてる。処置が迅速だったのは幸いだったと言うレベルだと思う。そんなあいつを戻すには、姫さんを置いて他に適任者はいない。諸々の面倒事は一先ず俺に任せてさ。姫さんはアスランに力を貸してやってよ」
「だけど…それってお医者さんの仕事でしょ?」
「……それ、本気で言ってんの?」
これは駄目だ、とディアッカは頭を抱えたくなった。アスランにとってキラが傍にいてくれるというだけで、一体どれだけ力になるのか、全く解ってない。
キラの自己評価が極めて低く、自分のことになるとおそろしく鈍感だとは聞かされていたし、ディアッカ自身も薄々そうだろうなと思ってはいた。しかし流石にこれには呆れ果てる。
とはいえ、そこを詳しく教えてやるほど親切ではないのが、ディアッカだ。
「まぁ力を貸す云々は置いとくとしてさ。目ぇ覚めて最初に見るのが俺ってんじゃ、あいつも頑張った甲斐がないってもんだろ?」
いつもの冗談を混ぜて、ディアッカは話を締め括った。
幼少期から訓練を受けているのは、何もアスランだけの話ではない。ディアッカの境遇も似たり寄ったりなのは言わずもがなで、その上での言葉には重みがあった。つまり精神論に頼らなければならないほど、アスランの状態は余談を許さないと言っているのだ。
改めて全身が冷えていく感覚に、キラの身体がブルリと震えた。
「…――――分かりました」
「おー、いい返事」
通常運転に戻ったディアッカに、幾分か救われた気分になる。ひょっとしたらそれも計算の内なのかもしれない。
問題は何も解決していないけれど。
アスランをただの一般人の括りに入れるのは、どうしたって無理がある。なんせあのザラ家の次期後継者なのだ。まして加害者がアスハ家の長子であるカガリとくれば、間違いなく大事になる。事を公にして普通の傷害事件で処理するのは如何にもまずい。そのくらい門外漢のキラにだって分かっている。
しかし残念なことに、キラではまず誰に連絡をつければいいのかすら見当もつかないし、連絡先さえも分からない。それをディアッカならば安心して任せておけるのだ。
結局は他人に頼らねば何も出来ない無力感が押し寄せる。だがここはちっぽけなプライドなど後回しにするべき場面だ。キラは噛み締めた唇を解いた。
「…宜しくお願いします」
一任されたディアッカから「りょーかい」と軽快な返事が聞こえる。優しく膝の辺りをポンポンと叩かれたのは、キラの悔しさを少しでも緩和しようとしてくれたのかもしれない。
◇◇◇◇
「さーてと…」
キラとレイを救命の処置室前に残し、一人附属病院を後にしたディアッカの視界の隅に、アスランが刺された現場の方角から、スーツ姿の男が二人こちらへと向かって来るが写った。
パトカーらしきサイレン音が複数聞こえていたし、風体からも明らかに刑事であるのが一見して分かる。
ディアッカは些かゲンナリした。
(おーおー。日本の警察は優秀だねぇ)
事件の解決は初動捜査に大きく左右される。通報と現状から傷害事件だと当たりをつけ、早速目撃者を探しに動き出したのだろう。しかしディアッカにとってこの“優秀さ”こそが厄介のタネでもあった。とにかく事を穏便に運ぶのが大前提だ。
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