覚醒




(誰だ――?)
瞬時に記憶を検索するも、レイの知らない男だった。元々キラと共通の知り合いなど数えるまでもない。
だがそうして戸惑うレイを余所に、男の行動は素早く、しかも予想の斜め上だった。男は身を屈め、キラの腕を持ち上げたかと思うと、徐に痩身を肩へと担ぎ上げたのだ。所謂、米俵のように。
「う、わ――!!」
流石に我に返ったキラから、驚愕の悲鳴が上がった。
「うわっ!ちょ、暴れるなって!!」
如何にキラが規格より細いとはいっても、男であることに間違いはない。対する現れた男の方は体格はいいものの、キラを肩に担いだ上、闇雲に抵抗されたのでは、たまったものではなかっただろう。よろめいた足がたたらを踏んだ。
「もーいいから、おとなしくしてろって!――――姫さん!!」
「!!」
男の独特の呼び方に、足をバタつかせ、背中を殴っていたキラの動きがピタリと止まった。たっぷり10秒ほどをかけて、自分を担ぎ上げている男を顧みる。尤も懸命に首を曲げたキラから見えたのは、男の背中と後頭部くらいのものだろうが。
「……え…?ディ‥アッカさ、ん」
「おうよ!」
男もキラに応えるように、半ば無理矢理に首を廻らせた。ニヤリと笑った浅黒い相貌は、確かにキラの指摘通りで。でもそれとこれとは別問題だ。
「ええっ!?なんでここに!?てか、なんですか、これ!下ろしてくださいっ!」
驚き過ぎたキラが無抵抗だったのはほんの一瞬で、現状を把握した途端、再びジタバタし始める。それはまぁ無理もない話だ。が、男は面倒くさそうに顔を歪めると「よいしょ!」と掛け声一発、キラの痩身を抱え直した。その際、キラの口から蛙が潰れたような苦悶の声が漏れた(丁度ディアッカの肩にキラの腹部が乗っている状態なのだ)のは、どうやらスルーされるらしい。
「どーせ行く場所は同じなんだ。諦めておとなしく運ばれとけ。恐くて立ち上がれなかったくせによー」
「ち・違います!」
ケラケラと揶揄うように笑う男の言葉が勘に障ったのだろう。見かけに依らず利かん気の強いキラが反発する。しかしそれすらも男は折り込み済みのようだった。
「あんまり騒ぐとお姫さま抱っこするぞー」
男の口から飛び出した“お姫さま抱っこ”という台詞に、再びキラがピタリと動きを止めた。たった一言でキラを黙らせたディアッカと呼ばれた男は、ニシシと笑いながら漸くストレッチャーの去った方向へと足を進める。
直後「そーだ」と思い出したように呟いて、後へ続くレイを振り返った。
「あんたが姫さんの浮気相手?」
「は?」
キラと男の一幕に完全に置いていかれていたレイの眦がつり上がる。しかし男に怯んだ様子は微塵も与えられなかった。それどころか「なーるほどねぇ」とジロジロと上から下まで嘗めるかの如き視線で観察される。
反発しようにも、口調とは裏腹に、おそろしく油断のならない視線だった。
「あー、こりゃ~アスランが慌てるのも解るわ」
しかし相変わらず緊張感皆無の台詞を宣った時には、既に目には例の人を食った笑いが点っている。
先刻会ったニコルという青年同様、この男も(見かけはともかく)食えない相手には間違いなさそうだ。
「まだ高校生だろ?ビビってないの?」
「…………最早、何に驚けばいいのか分かりません」
「ははっ!そうかもなー」
貴方が一番信用出来ませんが、という言葉を寸でで飲み込み、後をついてくるレイに、男は淡々と告げた。
「冷静なのは合格だなー。俺は多分、この後ちょっと忙しくなると思うから、姫さんについててやって貰えるか?」
「え、はい」
「ぼ・僕なら一人で大丈夫です!」
「だーめ!」
途端に上がったキラからの抗議は、当然ディアッカに一刀両断された。
「バレてないと思ったか?姫さん、さっきアスランを刺した相手を追いかけようとしてただろ?ちゃーんと見てたんだからな。利かん気が強えーのもいーけどよ、そんなことしても事態の悪化を招くだけだぜ。頼むからこの浮気相手とおとなしくしてろって。今姫さんがやらなきゃならないことは、犯人探しじゃないだろ?」




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