覚醒




「アスラン!?ちょ、なに!?何が起こったの!?」
しっかりとアスランに抱き込まれているキラは、視界も遮られ、未だ状況がよく分からないのだろう。混乱してはいるようだが、痛みを堪えている気配はなくて、心底安堵した。
「……その元気なら‥大丈夫そうだな」
しかしアスランにとってはその安心こそが、余り歓迎せざる結果を招いてしまう。キラを守れたのだと安堵した所為で、繋ぎ止めていた意識が急速に白んできたのだ。
「ア・アスラン!?」
キラではアスランの体重を支え切れない。二人共に重力に従ってズルズルと崩れ落ちるのを知覚しながら、キラが呼ぶ声に応えてやらなければと思ったのを最後に、アスランはとうとう意識を手放したのだった。




◇◇◇◇


誰かが連絡してくれたのだろう。同じ敷地内にある病院の救命からストレッチャーを引いた数名の医療スタッフ が駆け付けたのは、大学の警備員より先だった。
キラは早々に「下がって!」と引き離され、手早く患部を診た彼らによって処置が開始される。緊迫したその様子を、キラは呆然と眺めているしか出来なかった。まるでドラマを見ているかのようで、全く現実感がない。


「キラさん!」
階下の騒ぎに気付いたのか、レイが現れたのは、既にアスランがストレッチャーに乗せられようとしていた時だった。
「どうしたんです、何があったんですか!?」
座り込んで人形のようになってしまっているキラの肩を掴んで揺さぶりながら、周りに視線を走らせる。訊いてはみたものの、返事は必要なかった。何が起こったのかなど一目瞭然である。
「一体、誰が…こんな」
ぐったりと意識のないアスランを見つめて零れた呟きに、キラがピクリと肩を震わせる。至極当たり前のレイの台詞は、キラを正気付かせるには充分だった。
「…………誰が、だって?」
俯いた状態のキラから、地を這うような声が聞こえた。アスランの血に濡れてしまった掌を、固く握り締めた。
「そんなの!決まってる!!」
「キ・キラさん!?」
聞いたことのない大声だった。
キラはただならぬ形相で中空を睨み付けている。普段の可愛らしい印象とはまるで別人だった。


――――誰がやったかなんて、明白なのだ。
キラは確かに見たのだから。
一度こちらへ向けて駆け寄り、即座に走り去った金髪を。


一瞬のことで、しかもアスランに抱き締められていたから殆ど目に入らなかったが、実の姉を見間違うほど抜けてはいない。

(――――――カガリっ!!)

ギリッと奥歯が鳴った。
華奢な背中が網膜で再生された瞬間、視界が真っ赤に染まる。
衝動のまま既に姿形もない後ろ姿を追いかけようと立ち上がりかけたキラだったが、背後からの鋭い声が動きを止めた。
「お知り合いの方ですか!?」
「はい!」と返事をしたのはレイだった。
「でしたらご一緒に!!」
有無を言わさない厳しい声。先に進むストレッチャーを背中に、看護師の表情は固い。
「行きましょう!」
しかしキラはレイに背中を押されても、その場に縫いとめられたように、足が前へ出なかった。直前まで消えたカガリの背を追って、飛び出して行けそうだったのに。
(なんなの、これ。前に進むってどうやったら出来るんだっけ…?)
「…――、キラさん?」
訝しげにレイが様子を伺ってくる。


突然、キラを支配したのは恐怖だった。

支えきれずくず折れるアスランの体。間近で見た表情は苦悶に歪み、どんどん顔色も青白く変わって行った。刃物の刺さった背中からはとめどなく温かい液体が溢れ出していて――。
(怖い!!)
あれはアスランの命だった。流れ出たあの液体はアスランの命の雫で、ならば止まらないその先にあるのは。

――――死。



「キラさん!!!!」


声と共に、パシンと頬に衝撃が走った。

「呆けてる場合ですか!しっかりしてください!!」
「あ……、レイ――?」
一喝されても、未だキラの動きには精彩がない。レイは思考と現実とが繋がっていないもどかしさに舌打ちした。
「しっかりしてください!!あの人を一人にするつもりですか!?」
「―――あの、人…?」
一秒でも惜しいというのに、キラがこれではどうしようもない。何か、キラを一発で正気に戻す方法はないものかと考えたその時――。


「なーんか、マズいことになってる感じ?」



まるで場にそぐわない呑気な声が降って来たのだ。




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