覚醒




だから湧いた疑問は、ディアッカ的には至極当たり前のものだった。
「ふーん。それで?その子、美人だった?」
途端、ニコルは爆笑を器用にピタリと止めた。
『――――貴方、馬鹿ですね』
次会ったらキラをさんざっぱ揶揄ってやろうというちょっとした悪戯心を、容赦なく断罪される。
「おまっ!いきなりなんだ、それ!年下のくせに!!」
『真実を語るのに年齢は無関係だと思いますが。馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんです?』
馬鹿馬鹿連呼すんな!と反論したいのは山々だったが、生憎ニコルの絶対零度に太刀打ち出来るスキルに持ち合わせはない。何か言っても百倍返しだ。ディアッカが悔しさを飲み込んで口を噤んだというのに、ニコルの棘は容赦なくグサグサと降り注いだ。全く遠慮がない。
『僕が女性にキラさんを託すなんて有るはずがないでしょう?しかもおそらく貴方が目論んでいるだろうお楽しみも完全に的外れです。女性蔑視をするつもりはありませんが、あのアスランのライバルになる女の人なんているわけがない。あ、でも、その構図も面白いかもしれませんね…』
終わりの方はなんだか不穏なことを言っていた気がするが、まぁ言わんとしてることは解った。

現れた“後輩”とやらは“男”なのだ。
しかもその男はキラのことを憎からず想っていて、しかし突き抜けて鈍いキラであるから、まるで警戒してなかったということか。

『僕は責任感が強いですからね。一応事の次第はアスランに報告とこうと思っただけなんですが、アスランも後輩くんに心当たりあったみたいで。さて、今頃はどうなってるでしょうかねぇ』
僕に他意はありませんよ?誤解しないでくださいね、としれっと悪い笑いを練り込んだ発言を最後に、ニコルとの通話は終わっていたのだ。

(嘘吐け。あの腹黒が。揉めるの分かっててやっやがるくせに。しょーがねー。暇人な俺が多忙な策士に代わって、修羅場見物と洒落こみましょーかねー)

男女間の揉め事なら百戦錬磨のディアッカでも、常に予想の斜め上を突っ走るあの二人のことだ。修羅場ひとつとっても一見の価値はある。独占欲剥き出しにしたアスランが、キラにこてんぱんにされる画ヅラが浮かび、ディアッカはニヤニヤしながらキラの大学へと足を向けたのだった。




◇◇◇◇


――――咄嗟のことで、急所を外せなかった。


自分の肉を食い破り、侵入してくる冷たい金属の感触に、アスランは歯噛みした。


パトリックが事業を成功させたのはアスランが産まれる前だったから、物心ついた頃から強制的に体術を仕込まれたし、それなりに鍛えても来た。成功者を妬む輩は少なくはない。そして皺寄せはいつの時代でも、弱者へと向かう為だ。実際、かつては何度か危ない目にもあっていて、身に付けた体術を駆使して、自ら危険を回避した経験もあった。
そんなアスランだから刃物に対して迷わず背中を向けた。重要な臓器は体の前面に集中していると叩き込まれている。キラを抱き込む形で庇ったのは間違いではなかった。
ただ目測を誤った。

原因はいくつかある。突然の出来事であったのと、凶刃の向かう先がキラだと分かって、冷静さを欠いた。しかも“彼女”は駆け出した勢いのまま体を投げ出すように突っ込んで来たから、手にしていた刃物の先端には、相当の力が加わっていた。重要な臓器が遠い反面、背中は筋肉が付き難い部分でもある。刺した場所と力によっては、女性であっても相手にそれなりのダメージを与えられるのだ。
闇雲だったからまさか狙ったわけではないのだろうが、それらの様々な偶発的不運が重なった結果、アスランは深々と背中から臓器を刺されてしまった。

(――――キラ、は…?)

混濁しかける意識に抗って、懸命に目を開く。目的の人物は、情けなくも覚束なくなりそうなアスランを支えるようにしっかりと立っていて、どうやらどこにも怪我はなさそうだった。
「…………無事…か…?」
弱々しい声しか出なくて、舌打ちしたい気分になる。事態に気付き始めた周囲が騒がしかったから、この距離でなければキラに聞こえなかったかもしれない。




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