覚醒




ディアッカにとって現場で働く刑事のプライドなど、些末事にすらならない。平常時なら暇潰しの格好のネタにでもするところだが、今はこちらも構ってはいられないのが残念だ。何せアスランが怪我(それもおそらく重症だろう)を負っていて、加えてその恋人が目を離せない状態である。流石にこれ以上は手に余った。
「ごくろーさん。お帰りはあちら」
それでもふざけた姿勢を崩さないのがディアッカだ。胸に片手を当て腰を折って、反対側の手で恭しく元来た方を指し示し、二人の刑事にはご退場願う。続けてレイを振り返った。
「きみも、もういいよ」
「え?」
まさかの発言にレイが目を見開く。
「ハッキリ言って部外者なのに、付き合わせて悪かった。なんせ姫さんがあの状態だろ?ストッパーが必要だったんだよね。でもこっちもすぐに援軍が到着する段取りになったから。外も暗くなってるし、ついでにそこの刑事さんにでも送ってもらいな」
「なにを、勝手に!」
「この子、まだ高校生だと思うぜ?未成年の保護も警察の重要なお仕事でしょ」
途端に噛みついてきたハウ刑事だが、正論を突き返されては、ぐうの音も出ない。いくらか理性的な男の刑事の方が「来なさい」とレイを促した。眼光は明らかに鋭かったけれど。
ディアッカの言う通り、ここに居てもレイに出来ることはもうないだろう。少なくとも邪魔にだけはなりたくない。心残りではあったが、従う他なさそうだった。
「…あの」
「ん?」
「ヤマト先輩を、宜しくお願いします」
頭を深々と下げられて、僅かに目を丸くしたディアッカは、すぐに頼り甲斐のある笑顔で頷いた。「お任せあれ」と、相変わらずふざけたスタイルは崩さなかったが。



(さーて…、さっさと来いよ、ニコル)
首尾よく厄介者を纏めて片付けたディアッカは、やれやれと天井を仰いだ。厄介といえば残されたこちらの方が余程厄介だと思う。
正気には戻っているのだろうが、沈黙を貫き続けるキラを、チラリと流し見た。これはきっと手に負えない。

ディアッカはやがて到着するだろう“邪気のない笑顔が曲者の策士”に丸投げする気満々で、首をコキリと鳴らしたのだった。




◇◇◇◇


ニコルが到着したのは、まだアスランのオペが終わる前のことだった。
「おー。はえーじゃん」
とは言ったものの、話しかけてみてもろくに反応しないキラに、そろそろ辛くなっていたところだ。
「こんなことになってるのに、呑気に父の仕事の手伝いなんかやってられますか。アスランは――あぁまだオペ中なんですね。では、キラさん?」
世話しなく見回して大まかに状況把握を済ませると、ニコルは早速ディアッカの傍らのキラに声をかける。勢いに圧されたように、キラが背筋をピッと伸ばした。
「は・はい!」
あ、喋った。とは、ディアッカの率直な感想だ。足りなかったのは勢いだったらしいと、妙な部分で反省する。流石、ニコル。
「貴方に怪我はなかったんですね?」
真剣で矢継ぎ早な質問は、勿論キラをこの場に止めるためのものだ。
「あ、え?――はい」
目を白黒させながらキラが答えると、頭の先から爪先までを観察したニコルは、大袈裟に肩の力を抜いて破願した。
「それは良かった」
そして笑みに黒いものを混ぜる。
「傍にいたにも関わらず、貴方に何かあったとしたら、アスランに制裁を加えなきゃならないところだ。流石の僕も重症患者にそれはやりにくいかな、と危惧してました」
「……お前ね」
呪詛のように呟くニコルに、ディアッカが額を押さえながら力なく突っ込んだ。これはキラをリラックスさせる目的の小芝居だから、敢えて乗っかってやったわけだが、ニコルがどこまで冗談で言ったのかは計りかねる。いや、ひょっとしたら10割本気かもしれない。

しかしそんな寸劇も、今のキラには通用しなかった。

「あの…それじゃ、僕はもう行きます」
「何が“それじゃ”!?つーか、ちょっと待てって!」
あっさりと踵を返しかけたキラの腕を、ガバリと顔を上げたディアッカが掴む。さっきから延々とこれの繰り返しの気がする。しかし肩越しに振り返ったキラに、意思を翻すつもりは皆無だった。




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