覚醒




その日、ディアッカは暇をもて余していた。
元々実家の事業にはあまり興味はない。勿論継ぐには継ぐつもりだが、それは学生生活を満喫してからでいいと決めている。親もそんな息子の姿勢に異議を唱えては来ない。当人にしても始めた商売がたまたま時流に乗り、期せずして誰もが知る大会社になっただけという経緯だったものだから、割りと呑気にしていた。尤も若い内から会社を興し、たった一人で経済界を上り詰めた手腕と先見の明は侮れないとは誰もが知るところであり、当然跡取りであるディアッカが一番良く解っていた。そんな男が今はいっぱしの遊び人を気取ってはいる息子だが、行く行くは経済界にも興味を持って父親と同じ道を歩むに違いないと確信しているのだ。まぁ多分そういうことなのだろうな、とディアッカも自分のことながらぼんやりと覚悟していた。押し付けや強制ではないため、有難く自由を謳歌しているという現状なのだ。
常にツルんでいるのは、所謂成り上がった金持ちの二代目とされている“御曹司”たちで(しかも成り上がり方が半端ない)、彼らも時折垣間見せるディアッカの親譲りの資質を充分理解しているから、お互いにやり易かった。


しかし満喫しようにも、思い通りに行かないこともある。
同い年で一番ツルむ機会の多いイザークは、父親について先週から海外だ。ニコルに連絡をしてみたが、こちらも急な実家の都合とやらで断られた。アスランは言うに及ばずだろうから連絡もしない。キラに出会ってからというもの、アスランの中心はすっかりその可愛い恋人になってしまっている。キラのことはディアッカも気に入っているから、それについては異存はないのだが。
ならば適当に女遊びでもするかと目をつけていた女に連絡を入れてみても、そちらも妙に歯切れが悪かった。どうも本命の男が出来た感じだ。気に入ってはいても遊びと割り切った関係前提でしかないから、寧ろめでたいことだと思いはしても、それでは問題解決には至らない。
結局ディアッカが暇をもて余している事実に変わりないのだから。

「さーて。どうすっかな~」
勿論、ディアッカが声を掛ければ、喜んで付いてくる女なら他にいくらでもいる。だがアスランとキラに当てられたものかどうかは謎だが、最近どうも遊びだけの関係に触手が動かなくなってしまった。一時的なものなのか、漸く“遊び”に飽きてきたものかは、もう少し時間が経ってみないことにはハッキリとしないけれど。
(アスランとキラといや、ニコルがおもしれーこと言ってたな)
ティアッカは連動するように、今しがた悪友と交わした会話を思い出していた。




『今日は急に父の仕事の手伝いが入ったんです』
少しも悪びれる様子もなく、ニコルはディアッカの誘いを断った。それぞれの“家”が絡む時はそちらを優先するという不文律があるから、ディアッカにもそれ以上無理強いは出来ない。
「あれ?けど姫さんのガードはどうなったんだ?アスランが行ったのか?」
急な仕事が入ったのなら、連絡をくれれば良かったのに…という意味を込めた台詞に、ニコルは妙に上機嫌になった。
『いいえ、キラさんをお送りする時間くらいはありましたんで、お気遣いなく。それに意外な展開になりましたから』
「意外?」
『聞きたいですか?』
言いたいくせに、とは口には出さなかった。それは流石にちょっと恐い。代わりにディアッカは清聴する構えをとった。ニコルの口調からも、悪いことではないと察しはついている。
『実はキラさんの後輩とやらが現れたんですよ!それもどうやらアスランのライバルみたいなんです!』
「へー」
『キラさんの大学を受験するそうで、その下調べという話でしたが。あれは半分は嘘ですね。だから僕、二人きりになれるよう、遠慮させて頂いたんですよ!』
とうとうニコルは声をあげて笑い出したが、ディアッカには何がそんなに可笑しいのかサッパリ解らなかった。

キラは童顔と体型の所為でやや頼りない印象を受けるが、別に女々しいわけではない。中身に至ってはおそろしく頑固な面を持っているし、多少天然のきらいはあるにしても、頭だって抜群に良い。自分たちでも侮ってかかると手痛いしっぺ返しを食らうだろう。加えて童顔とはいえ造作はピカイチなのだから、女が放っておくはずはないのだ。




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