急転




好かれているなどと自惚れてはいない。今回の件が露呈したことで、疎まれている比率の方が高い現状なのを改めて思い知った。それでも諦めるなんて出来なくて、真実を探る思考を無理矢理捩じ曲げていたのだ。しかしことはアスハ家の面子に関わる重大な問題になっている。「くだらない」とハイネなら嘲笑うだろうが、子供の頃から何よりも大事だと教えられてきた身では逃げられない。カガリは歯を食い縛って“アスランが諸悪の可能性”について考えた。

カガリから見たアスランは常に理知的で感情の起伏の少ない、言い方を変えれば冷たい印象だった。相手に対してだけではなく、自分に対しても格別の執着を持たない、そういう男だ。それこそ意に添わぬ縁談くらいでは、眉ひとつ動かさなかったに違いない。そんなアスランがいずれ継ぐであろうザラ家の将来を考え、カガリとの縁談は悪いものではないと判断したのだ。他に理由はきっとない。カガリにとってはあまり嬉しくない動機だったが、反対に言えばそこまでザラ家のためと決断を下したアスランが、今更策を弄してまで婚約解消に執着するとは考えて難かった。

カガリはアスランがパトリックに拉致同然に捕らえられ、キラの身の安全を楯に無理矢理許婚者になることを承諾させられたくだりを知らない。その上アスランがカガリの前で見せていたのは、あくまでも上辺だけの――皮肉にもキラと知り合う前の――何もかもに冷めた姿だったのだから、その考えは一応筋が通っていた。


やったのはアスランではない。
ならば、残る可能性は――


(あいつ、か)



浮かんだのは腹違いの弟の存在だった。
アスランも溢したではないか。
“キラを蔑ろにした報いだ”と。

ならば一連の顛末、裏で糸を引いていたのは、実はキラではないのだろうか。


それはカガリにとって、決して突飛な発想ではなかった。
口で何と言おうとも、キラは同じウズミの子でありながら、冷遇されていた過去の恨みを、ずっと忘れてなかったのかもしれない。アスランをタラし込んで上手く誘導し、アスハ家を困窮させるのが本当の目的ならば、キラの企みと思うのは寧ろ自然な流れだった。しかも政略的ではなく、恋情によって望んだ結婚を台無しに出来る。カガリの顔を潰すには、これ以上の舞台装置はない。
(あいつ!何処まで卑屈で卑劣な奴なんだ!!)
こちらは妾腹のキラをアスハ家へ受け入れてやった。それを妙な意地を張って蹴り続けていたのはキラの方だというのに。勝手に逆恨みした挙げ句、こんな復讐を企てるとは。


“…――僕、きみにアスランの許婚者を譲るつもりはないから”


思えばキラが直接的な反抗の台詞を口にしたのは、あれが初めてだった。正面切って喧嘩を売られたのだと、今更ながら頭に血が上る。
しかもカガリにはもう後がない。追い詰められた状況が、カガリの怒りに拍車をかけた。
「許せない!」
突然不穏な大声を上げたカガリを、周囲の通行人は何事かと振り返ったが、その視線はすぐに逸らされて行く。通りすがりの人間に関わり合わない方がいいと思わせるほど、カガリの形相はただならぬものだった。




それはカガリがキラに対して、明確な恨みを意識した瞬間でもあった。




◇◇◇◇


「…―――――あれ?」

キラが足を止めたのは、大学の正門を出てすぐだった。アスランからは何の連絡も入ってないから、今日もアパートに来るはずだ。晩ご飯は何にしようかと照れ臭くも幸せな考え事をしていたキラの前に、一人の男が進み出た。
目を丸くして焦点を合わせたキラに向かって、ペコリと頭を下げたのは、サラリと流れる長い金の髪。
「レイ!?どうかしたの?」
「お久し振りです」
笑顔を輝かせて駆け寄って来たキラに、レイの表情も自然と和やかなものに変わった。


レイとはあの喫茶店で会って以来、すっかりご無沙汰だった。彼の“親友”のシンとは間を置かずに会っているが、それに纏わるゴタゴタはまぁ別の話でいい。とはいえシンの口から聞かされたレイの知らない一面や近況に、機会があればまた会いたいと思っていたのも事実だ。それが向こうから来てくれたのだから、嬉しくないはずがなかった。




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