急転
・
ハイネの話す“外の社会”は、自由で変化に富んでいて、本当に楽しそうだったのだ。平穏な毎日をつまらないと感じていたカガリにとって、その魅力は特に絶大だった。
ハイネを通して見た“外”は、テーマパークのパレードを見ているのと同じようなもので、語られる非日常にカガリの胸は弾んだ。しかも現実だ。パレードは雰囲気を楽しむくらいが関の山だが、“外”には自らが踏み出すことで容易に手が届く。
だからつい話に乗ってしまったのだ。
彼らの本質を見抜けず、その後も付き合いを続けたのは、明らかにカガリの自己責任である。
過保護なウズミに守られていて、謀略などに全く縁のなかったカガリにも、ハイネが完全に掌を返したことくらいは朧気ながら理解出来た。だがだからといっておめおめと引き下がれるはずもない。何が起こっているのか具体的に聞かされてはいなかったが、おそらく銀行からかかって来たであろう電話の後、一人頭を抱えるウズミの姿が脳裏を過る。自分の不始末が無関係なはずがない。だから良くないと分かっていて件の連中からハイネの居そうな場所を聞き出し、ここまで来たのだ。半端な覚悟ではなかった。
なのに首謀者に繋がる唯一の手がかりであるハイネを、ここで失うわけには行かないとカガリは焦った。
「そ・それなら、金だ!ビジネスだと言うなら、私も金を払えばいいんだろ!?そうすればお前の依頼主とやらも教えられるってことだよな!」
しかしカガリが必死に捻りだした妙案は、ハイネを更に落胆させるものにしかならなかった。
「何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。結局は普段あれほど見下している金頼みってわけですか」
ハイネにとってそういう彼らの気質こそが心底軽蔑する対象だった。第一そんな金、一体何処にあると思っているのか。この愚かでお花畑な思考には、呆れを通り越していっそ虫酸が走る。
あっという間にやり込められて、ぐうの音も出ないカガリの相手をしてやるメリットなど、最早何処を探しても見つかりそうにない。潮時だなと意図的に取り付く島もない言い方を選んだ。
「大体、貴女方は金などさもしい人間の欲しがるものだと事ある毎に見下しますが、私はそこまで蔑んではおりません。不相応なほど欲しいとも思いませんが、今回は有り余るところから報酬として、少し分け前を頂いただけです。お陰さまで今の私の懐事情は悪くない。つまり貴女と取引する理由はないということです」
それでは、と、ハイネは踵を返した。
その後ろ姿が振り返ることはもう二度とないだろう。これで二人は擦れ違う見知らぬ他人と同じになったのだ。
尤も住む世界の違ってしまっハイネとは、擦れ違う機会もないだろうけれど。
夜の街へ消えていくハイネの後ろ姿を見送りながら、取り残されたカガリは茫然自失に陥りそうになる思考を懸命に繋ぎ止めた。ハイネの言葉に僅かでも手がかりはなかったかと、可能な限り浚ってみる。
自分が誰かに“嵌められた”のは確定事項だ。
でも、それなら一体誰が―――?
当然一番可能性が高いのは、アスハ家の奪取を目論むパトリック・ザラである。事実、カガリの噂に託つけて、こちらが承諾しかねる難題を捩じ込んで来た。だがそれを強行してアスランとの縁組みが白紙になるのでは、パトリックにとっても本末転倒だろう。しかもアスランの過去を鑑みるに、彼らにとってカガリの不祥事など、取るに足らないものに思える。
なら今回の騒動はパトリックにとって単なる付け入る隙であって、便乗しただけなのではないのか。
但しハイネは“有り余るところから分け前を貰った”と言った。そこから一番に連想されるのは、やはりザラ家の存在だった。でも画策したのがパトリックでないとするならば――。
(…――――アスラン‥なのか…?)
カガリは汚い物でも振り払うかのように、激しく頭を左右に振った。
これまでそこへ向かう思考を無理に遮断して来たのだ。
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ハイネの話す“外の社会”は、自由で変化に富んでいて、本当に楽しそうだったのだ。平穏な毎日をつまらないと感じていたカガリにとって、その魅力は特に絶大だった。
ハイネを通して見た“外”は、テーマパークのパレードを見ているのと同じようなもので、語られる非日常にカガリの胸は弾んだ。しかも現実だ。パレードは雰囲気を楽しむくらいが関の山だが、“外”には自らが踏み出すことで容易に手が届く。
だからつい話に乗ってしまったのだ。
彼らの本質を見抜けず、その後も付き合いを続けたのは、明らかにカガリの自己責任である。
過保護なウズミに守られていて、謀略などに全く縁のなかったカガリにも、ハイネが完全に掌を返したことくらいは朧気ながら理解出来た。だがだからといっておめおめと引き下がれるはずもない。何が起こっているのか具体的に聞かされてはいなかったが、おそらく銀行からかかって来たであろう電話の後、一人頭を抱えるウズミの姿が脳裏を過る。自分の不始末が無関係なはずがない。だから良くないと分かっていて件の連中からハイネの居そうな場所を聞き出し、ここまで来たのだ。半端な覚悟ではなかった。
なのに首謀者に繋がる唯一の手がかりであるハイネを、ここで失うわけには行かないとカガリは焦った。
「そ・それなら、金だ!ビジネスだと言うなら、私も金を払えばいいんだろ!?そうすればお前の依頼主とやらも教えられるってことだよな!」
しかしカガリが必死に捻りだした妙案は、ハイネを更に落胆させるものにしかならなかった。
「何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。結局は普段あれほど見下している金頼みってわけですか」
ハイネにとってそういう彼らの気質こそが心底軽蔑する対象だった。第一そんな金、一体何処にあると思っているのか。この愚かでお花畑な思考には、呆れを通り越していっそ虫酸が走る。
あっという間にやり込められて、ぐうの音も出ないカガリの相手をしてやるメリットなど、最早何処を探しても見つかりそうにない。潮時だなと意図的に取り付く島もない言い方を選んだ。
「大体、貴女方は金などさもしい人間の欲しがるものだと事ある毎に見下しますが、私はそこまで蔑んではおりません。不相応なほど欲しいとも思いませんが、今回は有り余るところから報酬として、少し分け前を頂いただけです。お陰さまで今の私の懐事情は悪くない。つまり貴女と取引する理由はないということです」
それでは、と、ハイネは踵を返した。
その後ろ姿が振り返ることはもう二度とないだろう。これで二人は擦れ違う見知らぬ他人と同じになったのだ。
尤も住む世界の違ってしまっハイネとは、擦れ違う機会もないだろうけれど。
夜の街へ消えていくハイネの後ろ姿を見送りながら、取り残されたカガリは茫然自失に陥りそうになる思考を懸命に繋ぎ止めた。ハイネの言葉に僅かでも手がかりはなかったかと、可能な限り浚ってみる。
自分が誰かに“嵌められた”のは確定事項だ。
でも、それなら一体誰が―――?
当然一番可能性が高いのは、アスハ家の奪取を目論むパトリック・ザラである。事実、カガリの噂に託つけて、こちらが承諾しかねる難題を捩じ込んで来た。だがそれを強行してアスランとの縁組みが白紙になるのでは、パトリックにとっても本末転倒だろう。しかもアスランの過去を鑑みるに、彼らにとってカガリの不祥事など、取るに足らないものに思える。
なら今回の騒動はパトリックにとって単なる付け入る隙であって、便乗しただけなのではないのか。
但しハイネは“有り余るところから分け前を貰った”と言った。そこから一番に連想されるのは、やはりザラ家の存在だった。でも画策したのがパトリックでないとするならば――。
(…――――アスラン‥なのか…?)
カガリは汚い物でも振り払うかのように、激しく頭を左右に振った。
これまでそこへ向かう思考を無理に遮断して来たのだ。
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