急転




(まぁ金はいくらあっても困るもんじゃねーし)

成金にも興味はないが、プライドで飯は食っていけない。
ハイネはあの環境で育ちながら、それに気付いた稀有な人間だった。



「これは意外な所でお会いしますね。お久し振りです」
連れの女の背をグイと押しやって遠ざけ、ハイネは現れたカガリに向き合った。女は当然抗議をしようと口を開けかけたが、ハイネに冷たい目を向けられると、プイと顔を背けて、なにやら悪態を吐きながらその場を去って行く。無論、そんな行きずりの女など、カガリもハイネも気にも留めない。
「高貴なお生まれのお嬢様に、相応しい場所とは思えませんね」
しれっと言ってやったハイネに、カガリは火がついたように激しく反発した。
「しらばっくれるな!“相応しい”もなにも、最初にこういう場所へ連れて来たのはお前じゃないか!!一体何が目的だった!?」
「これは遺憾ですね。連れの話に及んだ時に、貴女が興味を示したから、お連れしたまでですよ、私は。強制したつもりはありません」

実際、カガリはかなり幸運だったとハイネは思っている。あんな連中と夜な夜な遊び呆けていて、くだらない“噂”程度で済んでいるのが不思議なくらいだ。普通なら強姦されて映像を撮られるか、薬漬けにされて脅されていてもおかしくはない。だがアスハ家に妙な動きは見られなかった。ひたすらくだらない格式にそぐわない“噂”を消そうとしているだけのようだった。
絶妙のタイミングで“誰か”がクズどもをコントロールしたとしか考えられないが、脳裏を過った若草の髪色に、それ以上の思考に蓋をした。クズ連中を完璧に手玉に取る(しかも自分は一切顔を出さず)ような相手を追求するほど酔狂ではない。
最初からいいように使われただけなのだ。連中もカガリも、勿論ハイネも。その“誰か”はカガリの“悪い噂”だけを欲していた。だだそれだけのことなのだ。

そんなことより、今は自分の保身を計るべき場面だろう。


(おーおー、監視付きってわけですか)
先程からハイネの目は、カガリの背後に数人の男が潜んでいるのを捉えていた。あんな噂が公になっているアスハ家が、当事者のカガリを放任するはずがないから、寧ろ当然の措置だ。
しかしハイネ的には厄介だった。
ニコルから報酬を受け取った時点で、ハイネはこの件とは無関係だ。これからも関わるつもりは一切ない。ビジネスライクに徹するために、敢えて細かい事情を訊くのさえ避けてきた。
しかしがカガリの方から会いになど来られては、クズ連中に手引きしたのが自分だと、宣言して歩いているようなものだ。

カガリは相変わらず敵を見る目の如くハイネを睨み付けていて、ここは逃げの一手だと判断した。
「分かりました。お望み通り白状しましょう。実は“ある人”から依頼されて、私は貴女に近付きました」
「“ある人”!?まどろっこしい言い方をしないで、ハッキリ名を言え!!」
しかしそこまで暴露してしまうほど、ハイネも馬鹿ではない。口止めされたわけでも、彼の人となりを知っているわけでもないが、ニコルの怒りを買うのは更なる現状の悪化を招くだけだと本能が告げている。格式だけが頼りの羊も群れれば脅威にならないこともないが、それを捕食する肉食獣の方が遥かに恐ろしいと相場は決まっている。
「それはお答え出来ません。報酬を受け取った時点でビジネスは成立しています。それで私と依頼主の関係はなかったものになってますし、まして依頼主の素性を明かすなどルール違反も甚だしい」
「じゃあ、お前のやったことは、ルール違反じゃないとでも言うのか!?金を貰って女を騙したんだぞ!!」
喚くカガリには多少の同情もするが、ハイネは用意していた回答を淡々と告げるだけだった。
「私はあくまでも貴女の希望で友人を紹介しただけですよ?貴女ほどの方ならば、彼らと付き合うリスクくらい当然覚悟の上だと、私は思っていましたから。話を誘導しなかったとはまでは言いませんが、貴女には私の誘いを断るチャンスはいくらでもあったはずです」
それを言われるとカガリも口を噤むしかない。言葉に嘘はなく、ハイネはカガリに何も強要しなかった。




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