急転




◇◇◇◇


「おかえり」

バイトから帰って来たキラは、最早当たり前と化したアスランの爽やかな出迎えを受けて、がっくりと肩を落とした。当初は色々苦言も呈してみたが、キラだって本音は逢えて嬉しいのだから、結局甘くなってしまうのだ。きっと今だってそんな本心くらいアスランには筒抜けなのだろう。魍魎跋扈する経済界に於いて、幼少期からザラ家の跡継ぎとして育ったアスランの洞察力にはいつだって舌を巻くが、多分そういうスキルも必要ない。幾らこれ見よがしに呆れた素振りをしたところで、表情が全く伴ってないのだから、見抜くのは簡単だ。
あー、もう!分かったから。そう微笑ましげに自分を見るのは止めてくれ。
(心頭滅却、心頭滅却)
今夜なに作ろうかなぁと冷蔵庫の中を頭に浮かべたりとか、無理矢理関係ないことをこじつけながら、キラは「ただいま」と応えつつ、アスランの横を擦り抜けた。貸与されているパソコン入りの手提げ鞄は重く、まずはそれをテーブルに置いて、一息つく。
すぐ後ろから着いて来たアスランに、自然に弛んでしまう頬なんて見られたくなくて、一度ハッキリさせておこうと思っていた話を敢えて切り出した。
「ねえ。最近、やけにきみのご友人たちと出会す気がするんだけど…」

因みにキラが今掛かり切りになっているバイトは、懇意の教授が学会誌に送る論文の手伝いだ。気難しがりやの老教授は、自らが認める学生でないと手を出させないから、人手不足は常態化している。しかも大学は夏期休暇の最中だ。学生は圧倒的に足りない。まぁ長期休暇とはいえ別に遊びに行く予定もないキラにとっては、些少とはいえバイト代も出る上、勉強にもなって、一石二鳥の有難い話ではあるのだが。というわけでほぼ毎日、研究室に入り浸っているのだ。
しかしアスランのご学友は、当然キラとは違う大学だから、こう頻繁に顔を見るのは余りにも不自然である。彼らが“暇潰し”と称して入り浸る、繁華街であるならいざ知らず。
今日などとうとう正門前でディアッカと“偶然”出会った。普通に有り得ない。そのまま言葉巧みに車に乗せられて、いつの間に調べたのか、ボロアパート前までキッチリと送りつけられ、キラは大層恥ずかしい思いをした。荷物が重いから、楽ではあったのだけれど。

「へえ、そうなのか。あいつらとは最近顔を合わせてないから、知らなかった」
すっとぼけた返事に、キラは「嘘をつけ」と言わんばかりに一睨みしてやってから、質素なキッチンへ向かった。アスランはというとそのまま残って、持ち込んだ工具入れを棚から引っ張り出したりしている。
あくまでもしらを切り通すらしい。


一通り食材のチェックをしてから声をかけた。
「ロールキャベツにするけど、それでいい?」
「大歓迎」
初めはこんなお坊ちゃんに何を作ればいいのかと随分悩んだキラだったが、舌は以外と庶民派だったのか、普段食べるような家庭料理でも特別苦情が出ることはない。
(高級料理を食べ慣れてるはずなのに、変なの)
首を傾げるキラは、アスランがそういう家庭的な雰囲気を欲しがっていることに気付いていなかった。
アスランが生まれた頃はまだザラ家もそれほど金持ちというわけではなく、母親も庶民の出だ。だから生前の彼女が作っていたのは、当然普通の家庭料理だった。

ずっと忘れていたし自覚もなかったが、キラの手料理を食べている内に、自分が根底でそういうものを求めていたのだと知った。男は皆マザコンだというが、本当らしい。

一方のキラはアスランが特に気に入ってくれたロールキャベツの材料を、無意識に揃えている自分は一体どうなのだろうと、内心で突っ込むのに忙しかった。
節約のため可能な限り自炊をしてきたキラは、一通りの家事はこなす。アスランは一切アテには出来ないし、別に一人分作るのも二人分作るのもそう手間は変わらないから構わないが、明らかにロールキャベツの頻度が上がっていた。




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