急転




「邪魔しなきゃ構わないだろ?俺も最新医療には興味がある」
「嘘だ。今取って付けた理由でしょ、それ!聞いたことないもん!」
「もん、とか言うな」
ま、嘘だが。とアスランは内心で舌を出した。
ザラ家の扱う“商品”は多岐に渡っており、中には医療器械も含まれる。先日どこやらの国が開発したというなにがしが持ち込まれたが、営業担当者が如何に優れているかと熱弁を奮っても、頭にあったのは損得勘定ばかりだった。
つまり興味がないのだ。
が、それを馬鹿正直に教えてやる必要はない。嘘も方便である。
気は向かないが、キラが帰らないと言うなら、アスランも付き合うしかない。決めて周りを見回せば、それでなくとも目立つ二人の押し問答である。少々耳目を集めつつあった。
「いいから、とにかく案内しろ」
「命令しないでくれる?きみは先に帰ってったら!」
キラはアスランが周囲の視線を集めることに敏感なくせに、自分についてはまるで無頓着だ。多少は注目を浴びている現状に気付いてはいるのだろうが、一体どんなフィルターがかかっているのか、それも全部アスランの所為だと思っている。レイに会わせたくない事情も手伝って、とにかくアスランを帰すことに躍起になった。

さてどうしようかと、策を弄しかけたアスランの視界の端に、またもや金の髪が過った。
「?」
キラをあしらいながら巡らせた視線が、今度こそその人物を捉えた。

「…――――カ・ガリ――!?」
「コソコソ逃げ回りやがって!やっと見付けたぞ、キラーっ!!」
アスランの半ば呆然とした呟きと、常軌を逸した大声があがるのは、殆ど同時。

「――――――え!?」
キラがただならぬ空気を察知した時には、既にカガリが自分目掛けて駆け寄ってくるところだった。
その手には光る何かが握られている。
「お前なんか、居なくなればいいんだ!!」
「っ!うわっ!?」
「キラっ!!」


何が起こったか、俄かには解らなかった。
キラに理解出来たのは、何事か喚きながらこっちへ駆け寄っていたカガリの姿が、割り込んで来たアスランの体によって遮られたことだけ。直後、強く抱き締められて、それ以上見るのは叶わなかった。


だから唯一の情報は、聴覚が拾った風を切るような音に続く、ドスッという嫌な音。




そのまま数秒、時間が凍り付いた。


「キャーーっ!!」


場の空気を引き裂いて、若い女の悲鳴が響いたのは、キラの背中に回ったアスランの腕から、ゆっくりと力が抜け始めた、まさにその時だった。
「アス‥ラン……?」
ゆらりとアスランの体が傾いて、反射的に背中へ片手を回す。
その指先が硬い金属状の物に触れた。

(――なに、これ?)

確かめようとして探った指が、再び硬い物に当たった。同時に肩口から苦しげな呻き声が漏れて、キラは熱い物を触ってしまった時のように、ビクリと指を引っ込めた。
「…………無事…か…?」
すぐにアスランから“何か”を堪えているような、弱々しい声が降ってくる。
「アスラン!?ちょ、なに!?何が起こったの!?」
「……その元気なら‥大丈夫そうだな」
アスランから返ったのは、質問に対する答えではなく、僅かに安堵したような意味の分からない返事だった。そういえば近くにカガリがいたはずだと、答えを求めて巡らせた視線が、走り去る姉の姿を捉えた。
「あ!カガ―――」
慌てて呼び止めようとしたキラだが、アスランの体から急に力が抜け、支え切れずに共に膝を付いてしまって叶わなかった。
「ア・アスラン!?」
その場に倒れ込み、腕の中に抱える形で覗いたアスランの表情は苦悶に歪み、完全に目を閉じてしまっている。額に浮かんだ脂汗が尋常ではない事態が起きたことを物語っていた。


「だ・大丈夫ですかっ!?」
「誰か、救急車っ!!」
「いや、ここは医学部だ!直接運んだ方が早い!!」
「ナイフは抜くな!出血する!!」


ワッと喧騒に取り囲まれる。
漸くキラの脳にジワジワと言葉の意味が浸透した。
(医者?なんで…、ナイフって……?)
おそるおそるアスランの体の下になっていた手を引き抜いた。濡れた感触の掌を見て、愕然となる。




「アスラン!!!?」




悲愴なキラの呼び掛けに、完全に意識を無くしたアスランが、応えることはなかった。






20160209
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