急転
・
◇◇◇◇
「キラ!!」
せめて外で迎えようと件の建物前で待っていると、程なくして人影の間から見慣れた長身が現れた。
それでなくても目立つ存在だというのに、殆ど全力疾走のため、より一層周囲の注目を集めている。
自分のことは棚に上げ(というか無自覚なのだが)、キラは真っ赤になって無駄にアタフタするハメになった。
「お・落ち着きなよ!恥ずかしいじゃない!」
「は!?落ち着いてなんかいられるか!」
キラの赤面の理由など汲み取れる訳もないアスランは、油断なくキラの周囲を見回した。
「で?あいつは?」
「……レイだったら、僕が紹介した准教授とお話し中」
呆れたのか諦めたのか微妙なところだが、キラは件の准教授の研究室辺りを指差した。
「そうか……」
漸く納得したのか、不承不承ながら頷くアスランに、キラは内心燻っていた不満を並べ始めた。
今度はこちらの番である。
「電話でも言ったけど、大体のところはニコルさんから聞いてるんでしょ?なのにきみは何でそんなに慌ててるの」
「あ、いや…」
キラのキツい視線を受けて、アスランは視線を逸らし、モゴモゴと口籠った。
鮮やかな形勢逆転だ。そもそもキラは一方的にやられて、黙っていられる質ではない。
「僕がレイと一緒に居るって聞いて、きみは何を想像したの?まさか僕がきみの目を盗んで、レイとデートでもしてると思ったなんてことはないだろうね。有り得ないし、仮にそうだとしても、もっと上手くやるから。馬鹿にしないでよ」
「………………」
いや違う。そうではなくてアスランは、レイが“可愛い後輩”の仮面を脱ぎ捨て“狼”に変貌した時のことを心配して来たのだ。が、それを言ってしまうと、レイの名誉を傷付けたと、キラが激昂するのは目に見えている。アスランとキラの微妙な認識の違いを訂正するにしても、やはり「女扱いするな」と怒り出すのは明白だった。
(あー…ヤバいな、これ。言い訳が思い付かない)
何気にピンチだった。
諸々がただの杞憂だったと分かって、少し冷静さを取り戻した今でこそ、自分の必死さを嘲笑する余裕もあるが、逆に言えば現状を予測出来ないほど、アスランは焦っていたのだ。こうやって追い詰められた時の言い逃れなど、全く用意してなかった。
「黙ってないで言い訳してみれば?」
黙り込むアスランに、キラが苛立ったように畳み掛けて来る。無論、明晰な頭脳を幾らフル回転させたとて、アスランに反論の余地は皆無だった。口先三寸で誤魔化そうにも、頭がいいだけに、到底騙されてくれないのがキラなのだ。
熟考の末、事実を打ち明けても打ち明けなくても、キラのお怒りが解けないのならば、もうどちらでもいいか、と半ば捨て鉢な結論に達し、アスランはしおしおと項垂れた。
「………済まなかった」
「いいよ、もう」
自分の推測が外れてなかった(少々の誤解あり)ことに満足したのか、アスランが素直に謝ったのがこうを奏したのか、キラはくすっと笑ってアッサリと許してくれた。何だか負けた感半端ないが、そこは諦めるしかないのだ、きっと。
これが巷で言う“惚れた弱味”というやつなのだろうから。
「変な疑いをもたせちゃった僕も悪いしね。でも嘘じゃないって分かったんだから、きみの目的は達成でしょ?僕はもう少しレイに付き合うから、悪いんだけどアスランは先にアパートに帰って――」
「それは駄目だ」
即答での反対に、キラがコテンと首を傾げた。
「?何で?レイに会いたいわけじゃないよね」
「当たり前だ。でも俺も一緒に付き合う」
本当にただの大学の下調べだったことは納得していた。だが用件が済んだ後で「お礼に食事でも奢りますよ」などと理由を付けられれば、キラのことだ。うかうかとその誘いに乗ってしまうに違いない。
二人きりで食事など、以ての他だ。
「まだ他に勘ぐってることがあるの?そもそもさぁ、シンくんの気持ちを知ってる僕が、レイとどうこうするなんて有り得ないんだよ?」
キラ的にそうであっても、レイがどう思っているかなんて分かったものではない。元々アスランはキラを疑っていたわけではなく、レイを信用してなかっただけなのだから。
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◇◇◇◇
「キラ!!」
せめて外で迎えようと件の建物前で待っていると、程なくして人影の間から見慣れた長身が現れた。
それでなくても目立つ存在だというのに、殆ど全力疾走のため、より一層周囲の注目を集めている。
自分のことは棚に上げ(というか無自覚なのだが)、キラは真っ赤になって無駄にアタフタするハメになった。
「お・落ち着きなよ!恥ずかしいじゃない!」
「は!?落ち着いてなんかいられるか!」
キラの赤面の理由など汲み取れる訳もないアスランは、油断なくキラの周囲を見回した。
「で?あいつは?」
「……レイだったら、僕が紹介した准教授とお話し中」
呆れたのか諦めたのか微妙なところだが、キラは件の准教授の研究室辺りを指差した。
「そうか……」
漸く納得したのか、不承不承ながら頷くアスランに、キラは内心燻っていた不満を並べ始めた。
今度はこちらの番である。
「電話でも言ったけど、大体のところはニコルさんから聞いてるんでしょ?なのにきみは何でそんなに慌ててるの」
「あ、いや…」
キラのキツい視線を受けて、アスランは視線を逸らし、モゴモゴと口籠った。
鮮やかな形勢逆転だ。そもそもキラは一方的にやられて、黙っていられる質ではない。
「僕がレイと一緒に居るって聞いて、きみは何を想像したの?まさか僕がきみの目を盗んで、レイとデートでもしてると思ったなんてことはないだろうね。有り得ないし、仮にそうだとしても、もっと上手くやるから。馬鹿にしないでよ」
「………………」
いや違う。そうではなくてアスランは、レイが“可愛い後輩”の仮面を脱ぎ捨て“狼”に変貌した時のことを心配して来たのだ。が、それを言ってしまうと、レイの名誉を傷付けたと、キラが激昂するのは目に見えている。アスランとキラの微妙な認識の違いを訂正するにしても、やはり「女扱いするな」と怒り出すのは明白だった。
(あー…ヤバいな、これ。言い訳が思い付かない)
何気にピンチだった。
諸々がただの杞憂だったと分かって、少し冷静さを取り戻した今でこそ、自分の必死さを嘲笑する余裕もあるが、逆に言えば現状を予測出来ないほど、アスランは焦っていたのだ。こうやって追い詰められた時の言い逃れなど、全く用意してなかった。
「黙ってないで言い訳してみれば?」
黙り込むアスランに、キラが苛立ったように畳み掛けて来る。無論、明晰な頭脳を幾らフル回転させたとて、アスランに反論の余地は皆無だった。口先三寸で誤魔化そうにも、頭がいいだけに、到底騙されてくれないのがキラなのだ。
熟考の末、事実を打ち明けても打ち明けなくても、キラのお怒りが解けないのならば、もうどちらでもいいか、と半ば捨て鉢な結論に達し、アスランはしおしおと項垂れた。
「………済まなかった」
「いいよ、もう」
自分の推測が外れてなかった(少々の誤解あり)ことに満足したのか、アスランが素直に謝ったのがこうを奏したのか、キラはくすっと笑ってアッサリと許してくれた。何だか負けた感半端ないが、そこは諦めるしかないのだ、きっと。
これが巷で言う“惚れた弱味”というやつなのだろうから。
「変な疑いをもたせちゃった僕も悪いしね。でも嘘じゃないって分かったんだから、きみの目的は達成でしょ?僕はもう少しレイに付き合うから、悪いんだけどアスランは先にアパートに帰って――」
「それは駄目だ」
即答での反対に、キラがコテンと首を傾げた。
「?何で?レイに会いたいわけじゃないよね」
「当たり前だ。でも俺も一緒に付き合う」
本当にただの大学の下調べだったことは納得していた。だが用件が済んだ後で「お礼に食事でも奢りますよ」などと理由を付けられれば、キラのことだ。うかうかとその誘いに乗ってしまうに違いない。
二人きりで食事など、以ての他だ。
「まだ他に勘ぐってることがあるの?そもそもさぁ、シンくんの気持ちを知ってる僕が、レイとどうこうするなんて有り得ないんだよ?」
キラ的にそうであっても、レイがどう思っているかなんて分かったものではない。元々アスランはキラを疑っていたわけではなく、レイを信用してなかっただけなのだから。
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