急転




(げ。着信ありになってる)
しかも新着メールまである。サイレント設定にしてあったから、気付かなかったのだ。というかキラの携帯依存度は、充電が切れてなかったのが幸いだったと思うレベルなのだが。

それはさておき、取り敢えずメールを開いてみた。
案の定送信者はアスランで、そこにはたった一言

『何処にいる』

とだけ。


しかしその一言は、キラを混乱させるには充分な威力を持っていた。
(え?何処にって―――大学にいるのはニコルさんから聞いて知ってるはずだよね?それともニコルさんがまだ知らせてない、とか?)
いや、それはないか、とキラは寒々しい笑みでその可能性を否定した。この状況をニコルが面白がっていたのは、残念ながらキラの目にも明らかである。きっと別れてすぐに、嬉々としてアスランに電話を入れたことだろう。
ニコルの思惑はさておき、アスランはキラが未だ大学に留まっているのを知っているはず。

(まさか…来てる、なんてことは――)

キラの背中に嫌な汗が滲んだ。
繰り返すが、アスランとレイの間にある感情について、キラが気を回す必要は皆無だ。というかそんなことをしても意味などない。二人の対立はキラが仕組んだものではないし、当然望んだ構図でもなかった。預かり知らぬ所で勝手に芽生えた感情なのだ。キラには、多分本人たちにも、どうこう出来るものではない。

だが鉢合わせてもめ事になるのは如何にも面倒だった。
レイは優秀だが、アスランの完全無欠さには今一つ及ばない。“可愛い後輩”がやり込められる――例えそれを実行するのが恋人だったとしても――のを目の当たりにするのは、余り気分のいいものではなかった。助けてやりたくても、キラが庇ったりしたら、却って逆効果になる。

しかし返信は必要だと思われた。
散々迷った末、准教授には中座を断り、レイにはすぐに戻るからと言い置いて、キラは研究室を出た。
キラには何のことやらサッパリだが、二人の話は専門的な部分にまで踏み込んでいたらしく、突然の申し出にも訝られることはなかった。それに些か安堵しながら、キラは薄暗い廊下を足早に歩きつつ、アスランの携帯を呼び出した。
『キラか!?』
「うわ、早っ!」
ワンコールしたかしないかで、アスランの声が聞こえて、思わず携帯を取り落としそうになった。まだ建物内のキラは周囲に人影がないのを確認しつつも、声を潜めた。
「ごめん、電話出られなくて。気付かなかった」
『そんなことはいい。それより今何処にいる?』
携帯から聞こえる音からすると、どうもアスランは外にいるようだ。声のブレようからも、歩きながら話しているのが分かる。
「何処にって――、きみこそ何処にいるのさ。まさかとは思うけど」
『お前の大学に来てる』
遮られて「ああ、やっぱり」と額に手を当てた。これはもう駄目だ。アスランとレイが顔を合わせてしまうのを避けられそうにない。ならば少しでも穏便に済むようにとキラは知恵を絞ろうとしたが、アスランはその時間さえ与えてはくれなかった。
『迎えに行くから場所を教えろ』
頼んでないしとか、何で命令口調なんだ――という悪態が、口から出ることはなかった。

何故ならば、あろうことかキラはちょっぴり嬉しくなってしまったのだ。


(いやいや、呑気なこと考えてる場合じゃないだろ、僕!)

弛んでしまった頬を意識的に引き締め、敢えて突っ慳貪に答える。嘘を言うつもりは最初からなかった。隠し立てするようなものは何もないし、後でバレでもしたらそれこそ痛くもない腹を探られる。
「医学部だけど…」
『医学部って病院の方か!?』
「うん。26号棟」
『分かった!俺が行くまで動くなよ!!』
「ちょ、アスラン――」
ただ少しでも衝突を和らげたくて事実を話そうとしたのだが、一方的に通話は断ち切られてしまった。
無情な電子音を聞きながら、キラは大きく息を吐いて肩を落とすしかなかった。




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