急転




◇◇◇◇


ところで、大学とは夏期休暇中といえど、無人になることはまずない場所である。文系の学生ならいざ知らず、理系に所属する者ならば長期休暇などあって無きが如しなのがその理由だ。寧ろ通常の授業がないからと途中で目が離せなくなる実験を、ここぞとばかりに始める輩もいたりして、そうなると昼夜の境すらも曖昧になる。就職活動中の学生や院生もいるし、更に病院が併設されているような大学ならば、最早言うまでもない。

キラの大学もご他聞に漏れず、授業がある時ほどではなくても、それなりの賑わい(?)はあった。加えて様々な学部が混在するキャンパスは絶望的に広いのだ。
キラの研究室の場所なら知っているアスランでも、この中からどこに行ったのか分からない二人組を探すのは、流石に骨が折れそうだというのが正直な感想だ。

しかしレイはキラに片想いしていた男である。ちゃんと断ったからとキラは言うが、往々にしてキラのそっち方面への危機管理能力は、絶望的に低い。アスランがノコノコ顔など出せば、すこぶる機嫌を悪くすること請け負いだが、とにかく二人で会っていると分かっていながらじっと帰りを待つなど、アスランには百年かかっても出来そうになかった。
というわけで、ニコルが二人と別れてから、相当時間が経過していると思われる焦燥感に突き動かされるまま、アスランは躊躇なく大学の正門を潜った。




(――――ん?)
暫く宛もなく学生たちの間をすり抜けるようにして歩いていたアスランは、視界を金色の何かが掠めた気がして足を止めた。

忘れもしない。レイは特徴的な金髪であった。反射的にそちらへ振り向いたアスランだったが、その時丁度実験動物だろうラットの檻を抱えた白衣の学生たちに視線の先を遮られてしまい、次に開けた場所に求める特徴は既に消えてしまっていた。
(まぁ今時、髪を染めた学生なんぞ、五万といるしな)
事実、真面目一辺倒のはずのここの学生の中にも、金髪ほどではなくても、茶髪程度なら普通に見かける。しかもその金髪が向かったであろう方角には雑木林が広がっており、到底構内を案内するには相応しい場所とは思えなかった。
それに偶然の遭遇にしては余りにも出来過ぎている。かつてキラとのそれが、都合のいいものであった試しはないのだ。

これだけの材料が揃っているのだから、アスランが“気のせい”だと諦めて、再び宛もなく歩き出したのも無理はなかった。




◇◇◇◇


アスランの読みは外れてはおらず、キラは遺伝子について詳しく勉強したいと望むレイを伴って、医学部棟に来ていた。
情報処理系のキラとはまるで畑違いではあったが、以前遺伝子の解析結果をまとめるのに有効なプログラムの相談に乗ったことがあり、その伝を頼って案内して来たのである。紹介したのは中年に差し掛かった准教授で、研究についても非常に詳しく、レイにとって満足出来るものを得られたようだった。准教授も優秀な人材を紹介されて満更でもない様子である。

しかし話しが大いに盛り上がったまでは良かったのだが、そうなるとキラとしてはそろそろ時間の方が気になって来た。
(……待ってるかな、アスラン)
詳細はニコルから聞いただろうから、大丈夫だろうとは思う。だが広いキャンパスを一通り案内しただけでも結構時間を食ったのに、ここに来てまさかの盛り上がりだ。
もう外は薄暗くなっているにも関わらず、主役はあくまでもレイだから、キラから辞去は言い出し難い状況に陥っていた。
(そうだ、メール)
そのくらいすぐに気付きそうなものだが、なんせキラには同年代の人間と比べても、メールを交わす相手が圧倒的に少ないのだから仕方ない。斯くして余り使うことのない携帯電話を、話の邪魔にならないよう鞄から探り出したキラは、目を見張った。




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