急転




耳元に口を寄せてボソボソと囁かれた台詞に、キラは一気に耳まで真っ赤になった。
「ば!馬鹿なこと言わないで下さい!!別に僕は―――」
「あはははっ!それじゃ、また」

またもや予想通りの反応に明るく笑って、ニコルは往生際悪く反論するキラの声を背中で聞き流すと、その場を後にしたのだった。




◇◇◇◇


「まったく、もう!」
ニコルに戻って来るつもりがないのを悟ると、まだ頬に赤みを残したまま、キラは小さく悪態を吐くことで、気持ちを切り替えた。改めてレイを促し、今自分が出て来たばかりの大学構内へと踵を返す。
(なんか…疲れた)


「どういう“お友達”なんですか?さっきの人。同じ大学っていうわけでもなさそうですよね」
憤慨(照れ隠しだが)した後、何故か悄然となったキラに、少々躊躇われたものの、レイは散々値踏みされた立場である。そのくらい訊く権利はあっていいし、紹介されたようにニコルをキラの“普通”の“お友達”にカテゴライズするほどおめでたくもなかった。
額面通り信じるには、余りにもニコルと名乗った青年が持つ空気が“普通”とは縁がないものだったのだ。
咄嗟に上手い説明を思い付けなかったキラは、一瞬迷いはしたものの、結局ありのままを答えるしかない。
「あー、うん。元々はアスランの友達なんだ…よね」
忽ちレイの眉間に皺が寄るのを見て、やはりアスランの話題は避けるべきだったかと即座に後悔する。こんな自分の一体何処がそんなにお気に召したものかサッパリ謎ではあるが、アスランとレイはキラを廻って対立する位置にいた過去があった。当然アスランに対して良い感情は持ってないだろう。それでキラがレイに後ろめたい気になるのも、何だか変な話だが。

しかしレイが表情を歪めたのは僅か一瞬で、キラがかける言葉を探している間に、愁眉は解かれていた。
「……そうでしたか。それなら納得です」
何をどう納得したのか皆目見当も付かないが、こちらから蒸し返すのは明らかに藪蛇だ。敢えてキラはそのまま流してしまうことにした。
「で?きみが狙ってる学部はどこ?」
断ち切るように本題に戻したキラに、レイも追求をやめて従ったのだった。




◇◇◇◇


『レイ・ザ・バレルだって――?』

車を走らせながら早速かけた電話の向こうからは、恐ろしく不機嫌な声が返って来て、半ばアスランとレイの間にある蟠りを予想していたニコルは「ビンゴですか」と肩を竦めた。予想通り過ぎて、いっそつまらないくらいだ。よってアスランの唸るような低音にも、少しも動じることはない。元よりそんなタマでもなかった。
「どういう方なんですか、と訊いてもいいですか?」
奇しくもレイがキラに訊いた台詞とほぼ同一だが、こちらは面白がっているのが丸分かりだ。わざとアスランに言わせようとしているのだから無理はない。所謂、ただの嫌がらせ。
『…………答える必要があるか?』
ニコルの性格を把握しているアスランの返事は素っ気なかった。思わず噴出しそうになるのを、全力で堪える。
「二人きりにしたの、マズかったかな、と思いまして」
ニコルは笑い混じりの震える声で、臆面もなくすっとぼけた。
『キラに危険がないと判断したんだろ?お前の見立て通り、あの男がキラに危害を加えることはない。報告、確かに聞いた』
アスランからの応答はそれだけで、いきなり通話は切られてしまった。質問に答えてない上、挨拶もなしという余りに礼儀を欠いた仕打ちだったが、ニコルは怒るどころかとうとう堪え切れずに噴き出した。

これが笑わずにいられるか。

アスランは問題をキラが危険かどうかにすり替えたつもりらしいが、もう一秒でも無駄にしたくなかったのは見え見えだ。通話を切った彼が慌てふためいて、キラの大学へ向かう様が、手に取るように想像出来る。


「ニ・ニコルさま…?」
にこやかではあっても、ついぞそんな笑い方を見せないニコルに、運転手が驚いて様子を伺って来た。それを「ああ、何でもありませんよ」と説得力のない言葉で軽く往なして、ニコルはとうとう腹を抱えて笑い転げたのだった。




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