急転
・
「それで下見に来てみたんですが、やっぱり入学してもいない大学へ勝手に入るのも気が引けて。躊躇してた所に貴方の姿が見えたもので、甘えてしまおうと思いました」
「へー、きみにもそんな可愛い所があるんだ。意外かも」
揶揄ったキラにも少しも気を悪くした風もなく「失礼ですね」などと笑みを深くするレイに、ニコルはこれは嘘だなと直感した。キラの前では“可愛い後輩”を装っているようだが、ひしひしと漲る強かさには自分と同種のものを感じる。この男はそんな曖昧な動機では動かない。きっとキラが長期休暇中の大学へ連日通っていて、ひょっとしたら学友からの余計なバイトも引き受けていない現状まで知った上で、満を持してここに現れたのだろう。尤もキラが単発のバイトを入れないのはアスランの命令であるところまでは知らないとは思うが。
(油断ならないタイプのようですね)
ニコルは己の腹黒さを忘れたかのように、レイにそんな判定を下した。
「じゃ、取り敢えず…。構内の案内から始めよっか!」
と、ウキウキとレイの腕を引きかけたキラは、ハタとニコルの存在を思い出し、「あ…」とほんの僅か眉を下げた。
話の流れでこうなることは容易に予測していたニコルは、既にこの後の自分の予定を反芻済みである。アスランの依頼を優先するなら自分もくっついて行くべきなのだろうが、生憎今日に限って実家絡みの外せない用件が待っていた。常にはキラを誘って手頃なカフェにでも入り、会話を楽しんでやろうくらいの良からぬ目論みを視野に入れているニコルも、今日ばかりはおとなしくアパートまで送り届けるつもりだったのだ。
(さて。困りましたねぇ)
謀にかけてはごく優秀なニコルの脳内が、妥協ラインを弾き出すために目まぐるしく計算を始めた。
アスランがパトリックだけを警戒しているのではないと、当然ニコルは分かっている。が、同時に半信半疑でもあった。
追い詰められたとはいえ、あの人望のあるウズミ・ナラ・アスハなのだ。そう過激な行動に出るとは到底考え難い。仮にカガリが短気を起こしたとしても、逆にストッパーになってさえくれそうな人物だ。しかも伝え聞くカガリ・ユラ・アスハに、そこまで辿り着く聡明さは皆無である。一方のキラは“可愛い後輩”に“構内”を案内するのだと言う。ガードが外れるのは、良からぬことを企む輩に絶好の好機を与えるかもしれないが、場所が場所だ。大学内でそう大それたことを仕出かすのは不可能だろう。
加えてレイに対しては顔を合わせてからずっと、牽制と人となりを見抜くため、わざと不躾な視線を送り続けていた。あからさまな視線に気付かないわけはないだろうに、レイは顔色ひとつ変えなかった。いくら検分されてもキラに悪意をもっていないのだから存分にどうぞ、という彼なりの意思表示だと受け取れる。
縦しんばニコルの読みが外れていたとしても、こうキラが信用し切っているのを覆して、反対するのは如何にも難しそうだ。見かけに反して利かん気が強いのは、既にニコルもよく知っている。
(アスランには連絡しとけばいいですかね)
気に入らなければ、後は勝手にどうにかするだろう。どうせキラの帰宅を待っているだけなのだ。首とついでに鼻の下を、これ以上ないくらいだらしなく伸ばして。
パトリックの目を警戒して頻繁に外で一緒に居ないようにしているのは分かるが、たまには自分で動いてみろ、と少々腹立たしくなる。尤もこの話が持ち込まれた時、アスラン公認でキラに接触する機会が増えるからと、喜んだのは自分たちの方なのだが。
そういった自分に都合の悪い事実を、軽い咳払いひとつで葬り去るスキルを持っているのもニコルである。
「ご一緒したいのは山々ですが、残念ながら僕にはヤボ用がありまして。それに構内の案内なら、門外漢が居ても却ってお邪魔になるでしょう。今日のところは僕が遠慮しますから、お二人で旧交を暖めてください」
「でも…」
わざわざニコルが自分の為に来てくれていると知っているキラが躊躇しかけたので、更に背中を押してやるつもりで付け加えた。
「その代わり、アスランにはキラさんが浮気してるって報告しときますから。後のフォローはお任せします」
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「それで下見に来てみたんですが、やっぱり入学してもいない大学へ勝手に入るのも気が引けて。躊躇してた所に貴方の姿が見えたもので、甘えてしまおうと思いました」
「へー、きみにもそんな可愛い所があるんだ。意外かも」
揶揄ったキラにも少しも気を悪くした風もなく「失礼ですね」などと笑みを深くするレイに、ニコルはこれは嘘だなと直感した。キラの前では“可愛い後輩”を装っているようだが、ひしひしと漲る強かさには自分と同種のものを感じる。この男はそんな曖昧な動機では動かない。きっとキラが長期休暇中の大学へ連日通っていて、ひょっとしたら学友からの余計なバイトも引き受けていない現状まで知った上で、満を持してここに現れたのだろう。尤もキラが単発のバイトを入れないのはアスランの命令であるところまでは知らないとは思うが。
(油断ならないタイプのようですね)
ニコルは己の腹黒さを忘れたかのように、レイにそんな判定を下した。
「じゃ、取り敢えず…。構内の案内から始めよっか!」
と、ウキウキとレイの腕を引きかけたキラは、ハタとニコルの存在を思い出し、「あ…」とほんの僅か眉を下げた。
話の流れでこうなることは容易に予測していたニコルは、既にこの後の自分の予定を反芻済みである。アスランの依頼を優先するなら自分もくっついて行くべきなのだろうが、生憎今日に限って実家絡みの外せない用件が待っていた。常にはキラを誘って手頃なカフェにでも入り、会話を楽しんでやろうくらいの良からぬ目論みを視野に入れているニコルも、今日ばかりはおとなしくアパートまで送り届けるつもりだったのだ。
(さて。困りましたねぇ)
謀にかけてはごく優秀なニコルの脳内が、妥協ラインを弾き出すために目まぐるしく計算を始めた。
アスランがパトリックだけを警戒しているのではないと、当然ニコルは分かっている。が、同時に半信半疑でもあった。
追い詰められたとはいえ、あの人望のあるウズミ・ナラ・アスハなのだ。そう過激な行動に出るとは到底考え難い。仮にカガリが短気を起こしたとしても、逆にストッパーになってさえくれそうな人物だ。しかも伝え聞くカガリ・ユラ・アスハに、そこまで辿り着く聡明さは皆無である。一方のキラは“可愛い後輩”に“構内”を案内するのだと言う。ガードが外れるのは、良からぬことを企む輩に絶好の好機を与えるかもしれないが、場所が場所だ。大学内でそう大それたことを仕出かすのは不可能だろう。
加えてレイに対しては顔を合わせてからずっと、牽制と人となりを見抜くため、わざと不躾な視線を送り続けていた。あからさまな視線に気付かないわけはないだろうに、レイは顔色ひとつ変えなかった。いくら検分されてもキラに悪意をもっていないのだから存分にどうぞ、という彼なりの意思表示だと受け取れる。
縦しんばニコルの読みが外れていたとしても、こうキラが信用し切っているのを覆して、反対するのは如何にも難しそうだ。見かけに反して利かん気が強いのは、既にニコルもよく知っている。
(アスランには連絡しとけばいいですかね)
気に入らなければ、後は勝手にどうにかするだろう。どうせキラの帰宅を待っているだけなのだ。首とついでに鼻の下を、これ以上ないくらいだらしなく伸ばして。
パトリックの目を警戒して頻繁に外で一緒に居ないようにしているのは分かるが、たまには自分で動いてみろ、と少々腹立たしくなる。尤もこの話が持ち込まれた時、アスラン公認でキラに接触する機会が増えるからと、喜んだのは自分たちの方なのだが。
そういった自分に都合の悪い事実を、軽い咳払いひとつで葬り去るスキルを持っているのもニコルである。
「ご一緒したいのは山々ですが、残念ながら僕にはヤボ用がありまして。それに構内の案内なら、門外漢が居ても却ってお邪魔になるでしょう。今日のところは僕が遠慮しますから、お二人で旧交を暖めてください」
「でも…」
わざわざニコルが自分の為に来てくれていると知っているキラが躊躇しかけたので、更に背中を押してやるつもりで付け加えた。
「その代わり、アスランにはキラさんが浮気してるって報告しときますから。後のフォローはお任せします」
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