あの高名なアスハ家が後ろにいるとなると、彼らの悪事はより一層やり易くなる。所謂“箔がつく”というやつだ。よしんば窮地に立たされることがあっても、今度は籠絡したカガリを使って脅迫すれば、名声が傷付くのを恐れたアスハ家をコントロールすることも可能だろう。“名家”は国家権力に対しても強い影響力を持っている。

逆に言えばこの国の“名家”とされる家々は、常にこういう札付きに目をつけられる危険に晒されているということだ。成長し“外”の社会と関わるようになると、擦り寄ってくる連中は引きも切らない。従って各家は付き合う相手を慎重に取捨選択し、自らの品格を落とさないよう駆け引きする必要があった。
普通の価値観で育ったキラでさえ、そのくらいは心得ている。「家族だとは思えない」と強がって遠去かっているのは、アスハ家の名声に群がる人間をあしらう面倒を避けるためだ。無論気持ちの上での蟠りが一番大きなウェイトを占めているのだろうが、自分にそういう対人スキルがないのを自覚し、迷惑をかけないようにしようという側面もあった。
だがカガリは良くも悪くも裏表のない性質だった。自分だけならそれでもいいが、相手もそうだと考えるのだ。だから擦り寄るための煽ての言葉の数々を、実に彼女らしく額面通りに受け取った。相手の思惑など気付きもせずに。

そんな娘の危なっかしい部分を熟知し、懸念していたウズミは、これまでカガリが極力“外”の世界と関わらないように仕向けてきた。いつまでもそれでは済まないのは分かっていたが、彼女も成長すれば自然と学び、対処する術を身に付けるだろうと先伸ばしにしてきたのだ。
それが今回裏目に出た。
毎夜帰りの遅い娘を気にかけてはいたが、今まで懸念していたようなことは起こらなかったから、対処に遅れを取ってしまった。
しかもそこをこともあろうに、パトリックに嗅ぎ付けられるとは。

苦虫を噛み潰したような顔のウズミを前に、必死に言い訳をしようとするカガリは、しかし想定外の事態にただ狼狽えるだけの哀れな愚か者だった。その場しのぎの気の利いた言葉も出ないらしい。
「――――――もういい。やってしまったことは取り返しはつかない。問題はザラ家が条件を突き付けて来たことだ」
ウズミはつい先程のパトリックとのやり取りを思い出し、腹の奥が重くなった。
「じ・条件?」
ウズミは相当疲弊しているように見える。良くないことだと直感し、カガリはゴクリと唾を飲んで、父の言葉を待った。
「お前が嫁ぐのではなく、あちらのご子息――アスランくんがアスハ家へ入る形にしたい、と」
「馬鹿な!!」
それが何を意味するかくらい、いくらカガリといえどすぐに分かる。


ザラ家との縁談が持ち上がってからこの方、一度だってパトリックの力を軽んじたことなどない。キラから許婚者の座を奪った後も、次期アスハ家の後継者だったカガリが嫁ぐ遣り方を変更しなかったのは、影響を最小限に止める為だ。
カガリの血を継いだ者がアスハ家に入るのと、婚姻関係があるとはいえ、赤の他人を入れるのとでは似て非なるものだった。しかもそれでは次期当主はカガリということになり、配偶者もかなりの利権を手にしてしまう。
カガリにも即座に理解出来るアスハ家の危機に、ウズミが愉快であるはずがなかった。

「とんでもないことを仕出かしてくれたな、カガリ」
「お父様…」

とはいえ項垂れる娘を見るのはウズミにとっても辛かった。
カガリは純粋にアスランが好きなだけなのだ。おそらくは“遊び仲間”とされる連中に対しても、恋愛感情を持つ相手はいない。いや、仮に他の男に現を抜かしたとしても、それをウズミに咎め立てする資格はなかった。斯くいうウズミも本妻以外の女に心を奪われて、キラが生まれているのだから。
だがカガリに群がる連中は相手が悪過ぎた。今以て何故急にカガリがあんな連中と懇意になったのか不思議ではあるが、そこを追及したとて詮無いことだ。今はアスハ家の存続さえ危ぶまれる現状を打破しなければならない。
それがウズミに課せられた現当主の役目だった。
「先にも言ったが、お前が夜遊びを止めたとしても、付き合いがあった事実までは消せはしない。しかしこちらもアスランくんに乗り込まれるのは阻止せねばならん。お前一人の事情とアスハ家の歴史を天秤にはかけられない」
「まさか…」


「そのまさかだ。アスハ家はザラ家との縁談を破棄する」




カガリは暗い絶望の触手に、腕を絡め取られていくのを感じた。




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