重厚な扉をノックすると、すぐにウズミの声で入室の許可が出た。
「お父様、何かご用で―――…」
しかし扉の丁度反対側にある窓際に立ったまま迎えたウズミの表情は固く、気付いたカガリは途中で言葉を飲み込むハメになった。
外では立場もあって厳格な表情を崩さないウズミも、カガリの前では温厚である。なのに今夜はそれを裏切る対外的な厳しい顔をしていた。
後れ馳せながら漸くウズミの用向きが、想像したような浮かれた内容ではないのだと察したカガリだが、最早後の祭りであった。


「毎晩のように何処へ出掛けてるんだ、お前は」
声は表情同様、一切の甘えも許されない響きを持っていた。
「…――――あ、え?」
動揺していたカガリは咄嗟には答えられない。だが最初から期待していなかったのか、ウズミは手にしていた綺麗に綴じられた紙の束を、バサリと執務机の上へ放った。まるで見知らぬ男がするような、ウズミらしくない乱暴な所作であった。
(『調査報告書』?)
見ようと思ったわけではなかったが、表紙の大きな字がカガリの目に入ってしまう。
「ザラ家当主が持参したものだ」
「あ…そうでしたか。失礼しました」
ならば自分が見ていいものだとは限らない。内容は気になったが、一応謝罪して視線を逸らすのは礼儀だろう。
しかしその気遣いが無用であると、直後に冷たく告げられる。
「読みたければ読めばいい。中身は全てお前のことだ」
「私‥の?」
話がとっ散らかっていて、あまり察しがいいタイプではないカガリにすれば、雲を掴むような気分だった。その上ウズミのこの様子だ。増々意味が分からなくて混乱する。
分かったのはこの書類がアスランの父親が持参したもので、何かの報告書だということ。いや“何か”ではない。内容なら今ウズミが言ったばかりではないか。

――――てことは“私”の“報告書”?

って、一体何を調べたんだ!?


やっと思考が追い付いたカガリは、慌てふためいて紙の束を取り上げた。表紙の下の方に興信所のロゴと社名らしきものを見た気がするが、それよりも書かれている内容を知ることが先決で、懸命にページを捲った。そこそこの枚数の殆どがカガリの行動記録で、タイムテーブル付きの移動先、更に会った人物までもが記されていた。しかも途中からはより詳細に、特に新しく出来た“遊び仲間”に至っては、ご丁寧に写真から始まり名前や来歴、周囲の評判などの注釈も付いている。

「………………なんですか、これは…」
ページを捲る指先が段々と小刻みに震え始めた。憐れを催すその姿にも、ウズミの目は冷たいままだった。
「見ての通りだ。だから“毎晩のように何処へ出掛けてるんだ”と訊いた」
再度言葉に詰まる。答える必要がないわけだ。あれは質問ではなく、叱責だった。この報告書には、本人の記憶よりも遥かに克明な記録が、綴られているのだから。
ざぁ、と全身の血が下がった気がした。指先どころか全身が震えてくる。しかしウズミは硬質な声は止まらない。
「良家のお嬢様とはいえ、家に迎えるに当たって、少々下調べをするくらいのつもりだった、というのがあちらの主張だ。なんとも白々しい建前ではあるが、まぁこの際理由などどうでもよい。問題はお前が何故そのような軽ばずみな行動に及んだか、だ」
語尾の強さに弾かれたようにカガリが顔を上げる。多少の反発を滲ませた鳶色の瞳も、無論ウズミは綺麗に黙殺した。
「お前が好んで付き合っている連中が、そこに書かれているような人間だと、お前は知っていたのか?」
「私は―――っ!!」
知らなかったのは本当だ。報告書を信用するなら、彼らは強奪、暴力行為、果てはドラッグに手を出す噂もある危険な連中で、しかも証拠を掴ませない強かさを持ち合わせているため、法で裁くことも叶わないならず者集団だった。にも関わらずカガリの前でそういった黒い一面を一切見せなかったのは、目的があったからに違いない。
その目的など言うまでもなかった。

“アスハ家の名声”だ。




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