◇◇◇◇


キラのアパートを訪れたアスランは、まだ電気の点いてない質素な部屋に眉をひそめた。大体の時間は把握していたが、改めて腕時計を確認する。時計の針はやがて夜中の12時を指そうとしていた。
最近では前以てキラに連絡もせず、まるで自宅の如くアパートを訪ねるアスランだから、キラが何かしらの用事があって居なくても気にしない。それでなくとも多忙な毎日を送るキラだ。不審だったのは不在のだからではなく、遅過ぎる時間のせいだった。
家主に断りもなく勝手に上がり込むのはいつものことだが、キラの帰りを待つ間、いつになく何度も壁の時計を見上げた。時間潰しにと出してきたマイクロユニットの作成にも、まるで身が入らなかった。
遅々として組み立たてが進まないそれに舌打ちをする頃、漸く建て付けの悪い玄関ドアが軋む音が届いた。

「きみねぇ、こんなに入り浸ってて大丈夫なの?」
部屋の灯りでアスランが来ていることは予め分かっていたのだろう。キラは帰宅するなり、ただいまも言わず、腰に手をあてて呆れ返った声を出した。が、すぐに穏やかではないアスランの顔に気付いて首を傾げる。
「こんな時間まで何処行ってた?」
アスランが部屋に居ると分かっていて、誤魔化すのは半ば諦めていたキラは、目を泳がせつつ「ですよねー」と声に出さずに呟いた。
例え臨時のピンチヒッターだとしても夜の店でのバイトは、他でもないアスラン本人に禁じられていたから、その言い逃れは無効どころか、より一層事態を悪化させるのは確実だ。
それにしても相変わらずタイミングが悪い。
「きみの嗅覚にはおそれいるよ」
「まさかそれが質問の答えだと思ってるんじゃないだろうな?」
どうしてもではなかったが、出来れば内緒にしておきたかった。しかしこのアスランの様子では、下手に隠そうとすればするほど痛くもない腹を探られる。そもそも隠し事は不得意なのだ。
キラは迷わず正直に白状する道を選んだ。
「そんな怖い顔しないでよ。ちょっと実家に行ってただけ」
疚しいことなど有りはしない。だがこういう状況で、ちょっと話し辛いなと思っただけだ。

実家とはいえキラが決して自分からアスハ家へ寄り付かないのを熟知しているアスランは、案の定顔色を変えた。
「カガリに何か言われたのか?それともウズミ氏が―――」
「カガリは居なかったよ。僕も今までウズミ様に付き合って待ってたってわけ。終電を逃しそうになったから、結局顔も見ないまま帰って来ちゃったけどね。なんて言うか…ニコルさんたちは優秀なんだね」
「そうか…」
アスランはやっと安心したように、肩の力を抜いた。まったく、なにを心配してるのやら、だ。
「ウズミ様から久し振りに食事でもどうだって連絡を貰って行ってたんだけど、そんなものただの口実で、専ら最近帰りの遅いカガリの話題だった。僕が何か聞いてないか探りを入れたかっただけみたい。カガリとは普段から交流もないし、訊いても知ってるわけないって、ちょっと考えれば分かるのに。あの人も父親なんだねぇ」
「それで?お前は娘を心配する父親の姿に絆されて、欺くことに罪悪感が湧いたって?」
「………それはどうかなぁ?」
キラはアスランの前を横切り、上着をハンガーに掛けると、クルリと反転した。
「きみの言う通りここは父親の姿に胸が痛むところなんだろうけど、僕はウズミ様に対してそういう気持ちは湧かなかったんだよね」
再びアスランを見たキラは、苦い笑みを浮かべている。
「僕にとってあの人は“立派な他人”であって、どうやっても“父親”にはなり得ないみたい。それはカガリに対しても同じ。姉だと言ってるのは口先ばかりで、正直遠い存在だ。こんな時間まで付き合ったのも、僕らのやってることを勘繰られないためで、同情や罪滅ぼし的なお綺麗な動機は、何処を探しても見当たらなかった」
これは気が強いキラが、普段あまり見せることのない“深い傷”なのだと、アスランは思った。




5/14ページ
スキ