「…………何か可笑しいか?」
急に無言になったニコルを不審に思って顔を上げてみると、笑いを噛み殺したような表情と出会って、アスランは訝しげに眉を寄せた。
自分のやっていることに自覚がないのだ。そこがまたツボにはまって、とうとうニコルはクスクスと笑いながらも、どうにか話を締めにかかった。
「なんでもありません、気にしないでください。僕らはお言葉に甘えて、これで手を引かせてもらうとします。後は成り行きに任せるしかないようですしね」
「ああ。いくらなんでも父上もそろそろ動き出すはずだ。プライドの高さで売っているような男だからな」

許婚者であるアスランを差し置いて他の男たちと遊び歩くなど、ザラ家を虚仮にしていると受け止められても仕方ない。ここまでは計画通りに運んだといっていいだろう。
だが敢えて話していないが、これ以降のアスランの見解は、ニコルとは違うものだった。パトリックはカガリの醜聞を存分に利用するだろうが、すんなりと婚約解消に至らないと考えていたのだ。寧ろその可能性が高い。
ニコルの考えが甘いとは思わない。彼は自分ほどパトリックという人間を解ってないだけだ。
対して自分は非常に不本意ながら、生まれ落ちた瞬間から、ずっとパトリックの息子をやっている。幸か不幸か世界中の誰よりもパトリック・ザラを知り尽くしていて、しかも外見は母親譲りだが、中身は生き写しとの評価を得ていた。そんなアスランだから、父のやりそうなことくらい手に取るように分かった。

父が欲しいのはあくまでもアスハ家の名であって、しかも彼は良くも悪くも骨の髄まで経済人である。
ザラ家を格下に見たともいえるカガリの行状を材料に、彼ならばこの婚約を自分にとってより有利なものになるよう、交渉を持ち掛けるに違いない。
(例えば…そうだな、俺をアスハ家の入り婿にするとか)
試しに自分ならどうするかと予想してみて、思わず眉間に皺が寄った。如何にもやりそうなことだ。


今のところ一旦カガリがザラ家に嫁ぎ、生まれた子供の一人をアスハ家の跡継ぎにするという流れで話は纏まっている。因みにキラが許婚者候補だった時は、キラをお飾りの正妻とし、ザラ家の跡取りはアスランが囲った愛人に産ませ、アスハ家は当主となったカガリが結婚して後継者を産むという、壮大な妥協の元に成り立っていた。残念ではあるがキラが相手では“縁戚関係”にはなれても、アスハ家にザラ家の血を入れることまでは不可能だった。裡を返せばそれほど妥協を重ねてまで欲しがった“アスハ家の縁者”の地位。簡単に諦めるとは思えない。
その上思わぬアスハ家の(というかカガリの)転換により、アスハ家の次期後継者を迎えられることになったのだ。カガリの素行が悪いくらいで、みすみすチャンスを逃すなど、絶対に有り得ない。息子であるアスランの面子など最初から立てる気もないはずだ。

無論キラではなくカガリを迎えられるのは、パトリックにとって大変な僥倖だった。それでも人間の――中でもパトリックの――欲には際限がないのもまた事実。あわよくば現当主であるウズミを差し置いてアスハ家の実権を握りたいとすら考えるはずだ。

アスランとカガリの子供にアスハ家を継がせた場合、実権の殆どを握るのはパトリックではなくアスランだ。孫を通してもそれなりに発言権は得られるかもしれないが、如何せんこの方法では時間がかかり過ぎる。予定通り二人以上の子供が生まれたとしても、その子がアスハ家の名を恣にするには、成長を待たねばならない。しかしアスランがアスハ家へ入れば、未熟な息子をサポートするという建前で、すぐさまかなりの影響力を発揮出来る。
そんな美味そうな人参を鼻先にぶら下げられて、不確定要素でしかない孫が実権を握るのを静観していられるほど、パトリックは愚鈍ではない。何でも自分の手でもぎ取って来た成り上がり者の血が、さぞかし騒いでいることだろう。
言わばパトリックにとって、これはアスハ家という獲物を狩る、絶好の好機。


――――――――だが。


(俺も簡単にキラを諦めるつもりはない)
お膳立てはしてもらった。だから後はアスランの戦いだと覚悟はしている。最悪ザラ家を失っても、手に入れた美しい宝石を手放しはしないと。
こんな貪欲さが自分にあるとは、我が事ながら驚くばかりだ。よくもこれだけキラに対して強欲になれる。パトリックのことを悪く言えた義理ではないなと、己の性根に自嘲がもれた。
「貴方こそ。そんなに笑える本を読んでるようには見えませんけどね」
すかさずニコルの反撃を食らったのは、言うまでもない。




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