「首尾はいかがですか?」

金持ち大学内にあるカフェテリアで、ニコルは唐突に切り出した。自分から呼び出しておきながら、無言で読書に耽るアスランに気分を害した様子もない。寧ろアスランらしいとさえ思っているくらいなのだろう。
声をかけられて読んでいた本から視線を上げると、ニコルは屈託なく真っ直ぐにアスランを見ている。この純真げな顔の裏で実は作戦首謀者というのだから、一体彼にはいくつの顔があるのだろうと、アスランはアスランで呆れた感想を持った。
「白々しい。ハイネに逐一報告させてるんだろ?」
主語のない質問だったが、アスランはぶっきらぼうに答えた。抜け目のないニコルがそこら辺を外すとは、アスランだって思っちゃいない。案の定彼は鷹揚に認めた。
「それはまぁ。ですがどの程度効いているのかは、実行部隊の報告からは計りかねる部分もありますので」
あくまでも「キラが気に入ったから」で通しているニコルだが、絶対に自分も楽しんでいると思う。しかしまぁアスランとしても動機などはなんでもいいのだ。最終的にキラが手に入れば過程に文句をつけるつもりはない。
「“夜会”に出てる連中の間には確実に良くない噂が広まってるようだな。後は父がどんな出方をするかにかかってくる」
ニコルは頷くと黒い笑みを浮かべた。
「カガリ嬢は思惑に全く気付いてないようですね。モテ期到来とばかりにひたすら浮かれてるそうです。最近ではハイネの“友人”の中でも、殊更悪質な連中を気に入ってるみたいですよ」
「そういう奴らは甘い言葉で擦り寄って来るものと、相場は決まってるからな。免疫のないカガリならひとたまりもないだろう。お前も深入りし過ぎるなよ」
「心得てます。ここのところはハイネも全然相手にされてなくて、そろそろフェードアウトしようかと言ってるくらいですし」
アスランは鼻で笑った。さもハイネの意見のように言っているが、手並みが鮮やか過ぎる。どうせその辺もニコルの入れ知恵に違いないと、容易に想像出来た。謀をやらせればニコルの右に出るものはいないのだ。
そんなニコルにも出来ることはここまでだった。後はアスランの言う通り、パトリックの出方待ちをするしかない。
パトリックは簡単ではない。正念場はここからなのだ。
「ところで。お父上の耳にはどうやって入れるおつもりですか?」
笑みを消し真顔で問うてくるニコルに、アスランは再び本へと意識を戻す。それは取るに足らない質問だった。
「父なら既に知ってるだろ」
サラリとした返答にニコルは大袈裟に驚いた。
「ええっ!!まさか、もう話したんですか!?」
「それこそまさかだ。ただあの疑心暗鬼の塊がカガリ・ユラ・アスハの行状を調べてないはずがない、とは思っている」
「それって…人を使ってチェックさせてるって意味ですか?」
流石に手を貸しているのがバレるのはマズいと、ニコルはやや青ざめた。実家の権力が強いとはいえ、ザラ家に敵うべくもない。中でもパトリックの恐ろしさはザラ家歴で代随一だとも聞いている。
アスランは取り成すように付け加えた。
「心配するな。父が警戒してるのはキラの方だ。そっちに人員を割いてるから、カガリの方には大した人間は付いてない。元々良家のお嬢様が妙なことをするとは考えてもみないだろうしな。カガリの悪い噂が広まる前に手を打てなかったのがその証拠だ。だがそろそろ……そうだな、ハイネも手を引こうかと言ってるなら丁度いい。お前も潮時かもな」
「そ・そうですか」
ニコルはあからさまに胸を撫で下ろし、ふとあることに気付いた。
「あれ?ひょっとして。それを言うのが目的で、今日僕を呼び出した、とか?」
「ん?ああ、そうだが」
相変わらず本の文字を追い続けるアスランの前で、ニコルは目を丸くした。
無理もない。“あの”アスラン・ザラが“他人”を気遣うためにわざわざ時間を割いたのだ。残念ながらその態度はご覧の有り様だが、ニコルは彼の中で、何かが少しずつ確実に変わって来ているのを実感した。
ジワリと胸が暖かくなる。

(まったく……キラさんの影響は絶大ですねぇ。でも僕も悪い気分じゃない、かな?)




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