しかし今は意外性がそれらの事情を遥かに凌駕した。


「……何か、あったのか?」

チラリとキラを伺うと、いかにも動揺を圧し殺した様子でギクシャクとキッチンへと向かっていた。既に後ろ姿である。まだ足取りは覚束ないものの、電話を盗み聞いたりしないという意思表示に違いない。アスランとしても有難かった。
聞かれると困るというよりも、余計な心配をさせる危険を冒したくなかった。
『あったといえばあったが。……今話してもいいのか?』
揶揄かったつもりの予測が、あながち外れてなかったのを察したのだろう。逆にイザークに訊き返されて正直迷ったが、ここで外に出て…というのは如何にも大袈裟だ。それに“イザークがかけてきた”という電話の内容が気になったアスランは、話の先を促した。


『お前の父親が痺れを切らせたようだぞ?』
「具体的に話せ」
『昔からアスハ家と懇意にしてる銀行へ介入を始めた』
「…………そうか」


イザークの実家であるジュール家は金融関係に強い。世の中の金の流れだけを取り上げれば、ザラ家より詳しいくらいの情報網を持っている。当然後継者たるイザークもそちら方面には滅法明るく、実はアスランが株で大金を手にしているのも、彼のレクチャーによるところが大きかったりするのだ。

『意外に早かったな』
「………………分かった。手間を取らせたな」



それだけの短い会話で通話を終える。再び携帯を上着のポケットへ戻しながらも、アスランの表情は難しいものだった。

遅れを取ったとは思わない。予想していたことだ。パトリックがアスハ家の名を使ったプロジェクトに、どれだけ資産をつぎ込んだかもおおよそ調べはついている。断念してしまうには余りにも痛い規模なのだ。
無論アスランを使った縁戚関係を結ぶことを諦めた訳ではないのだろうが、アテにならないくらい脆弱となってしまったために、もうひとつ強力な楔を打ち込もうとしているに違いない。

“良家”に括られる連中は、皆おしなべて金には苦労している。金など即物的なものだと軽く見て、鷹揚に構えていたツケだ。膨大な家屋敷の維持費だけでも相当な額が消えるはずだが、育ちのためか生来の呑気さが変わることはない。しかも昔から付き合いのある銀行などが、破格の条件で貸し付けてくれるのだ。
その“善行”もいつまで保つか分からないというのに。
銀行も馬鹿ではないし、代が変われば方針も変わる。
逃げも隠れも出来ない相手とはいえ、いつまで経っても返済の目処すらない債務者に、湯水のように金を注ぎ込むなど愚の骨頂だ。事実頼みの綱の銀行に融資を断たれ、金に窮した“良家”のいくつかがヤミ金に手を出し、丸裸にされたという噂話を、夜会に出ていたアスランは耳敏く聞きつけていた。
アスハ家は名門中の名門であるから、まだそれほど懐事情が厳しいとは聞いてないが、心許ないのは間違いないはずだ。でなければザラ家と縁戚を結ぼうなどと考えなかったし、寧ろ他家に比べて先見の明のあるウズミが当主だったからこそ、この先アスハ家が必ず陥るだろう金銭難を回避しようとした結果だったに違いない。
しかしそのウズミもきっと、懇意の銀行から急に融資を渋られることまでは計算してないだろう。相当なダメージだ。

パトリックはそこを狙った。
実に商売人らしい厭らしい、堅実なやり口である。


ただアスランが難しい表情になったのは、不安材料が全くないわけではなかったからだ。
有無を言わさずプロジェクトに利用させるため、金銭的に追い詰ようとしているのは分かるが、些か行動を起こすのが早過ぎる気がした。なにしろあのイザークが驚いて連絡して来たほどである。
加えて連中の気位の高さはまさしく国宝級だ。これは外から見ているだけでは絶対に理解出来ない。実体験したアスランだから言えることだ。
極限状態にしてしまえば、なにをするか分からない。



(必要以上に追い詰めなければいいが……)





「あ、電話終わった?お茶が入ったから、座って」
机の上を片付けながら振り返ったキラに、アスランは漸く愁眉を解き、用意された場所に腰を下ろす。


暫くはアスハ家の動向を注視しておく必要性を思案しながら。





20150410
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