決壊しそうにまで昂った感情で、瞳を潤ませて唇を震わせるキラを見て、アスランの胸にも急速に愛しさがこみ上げた。

キラは生い立ちのせいで、他人から愛情を寄せられることに酷く臆病だ。ましてや自分の感情を素直に表現するとなると、更に難しくなってしまうのだろう。
だから言葉がなくても構わなかった。昔から目は口ほどになんとやらというが、水分を増したキラの瞳が、アスランの想いを全て理解したのだと、雄弁に物語ってくれていた。


「キラはただ喜んで受け取ってくれれば、それだけでいい」
「うん。有難う。…………大切にする」

最後に消え入りそうになりながらも付け足された一言と、普段はツンデレ気味なキラが滅多に見せないふんわりとした笑顔。破壊力は絶大だった。
まさかの大サービスに、虚を突かれた形になったアスランの体温がコントロールを失い、一気に上昇する。というか、この場面で制御など無用だ。
非常に珍しいことに、キラも甘く漂う酩酊感に躊躇わず身を任せようとしている、今ならば。

二人は引き合うように身を寄せ、アスランが屈むのを合図に、キラが僅かに顔を上向ける。
互いの唇が触れ合わんとしたまさにその時だった。


――――ヴ・ヴヴヴヴ…


くぐもった機械音が空気を震わせた。途端にキラがビクリと肩を揺らして、身体を固くする。

まったく。運命の神とやらは大概に意地悪く出来ているものらしい。いや、キラに出逢わせてくれたことには感謝してもし足りないが、そもそもそれだって“神様とやらが起こしてくれた奇跡”だという証拠はない。

元々アスランは無神論者だ。
神頼みする暇があったら、自力で何とかしようと考えるタイプである。
だから運命の神の悪戯は、サクっと無視させて頂くことに決め、離れようと身動ぎ始めたキラの、華奢な腰に腕を回した。


「――――っ!?アス・ら――…?」

片手で易々と動きを封じ、抗議の声も他ならぬアスランの唇によって飲み込んでしまう。もう一方の手で細い顎を固定すると、甘くて熱いキラの口内を存分に満喫した。
音の発信源がアスランの上着のポケットなのは明白で、ならば優先順位は断然キラなのだ。

アスランは絡め取った舌で、キラの官能を呼び覚まそうとした。あわよくばこのままベッドへと縺れ込もうとの算段である。

が、一度夢から覚めたキラは手強かった。鳴り止まないコールに、往生際悪くもがき続ける。
百戦錬磨の手管で、なんとか腰を砕けさせることには成功したものの、キラの呼吸困難を防ぐため一旦唇を解放した時には、既に甘い空気など綺麗に霧散していた。二人の息は荒かったが、それは官能によるものではなく、一進一退の攻防の果ての疲労によるものだった。
(くそ!いいところで邪魔しやがって!!)
アスランは思い切り舌打ちすると、立っているのも覚束ないキラを一先ずその場に座らせてから、素早く取り出した携帯に向かって怒鳴り付けた。
「何の用だ!!」
いきなり喧嘩腰の暴挙だが、アスランは数台の携帯を使い分けている。中でもこれにかけて来る人間は極めて限られているのだ。問題はない。
しかもこの計ったようなタイミングの良さ(悪さ?)は、八割方ディアッカか、精々新しい悪巧みでも考え付いたニコルだろうと決めてかかっていたのだが、その予想だけはあっけなく裏切られた。


『どうした?随分と機嫌が悪いようだが』

「――――イザーク?」


聞こえてきた冷たい声に一瞬で頭が冷える。勿論彼にも番号やアドレスは教えてあるが、絶対に使われることはないと思い込んでいた回線だった。
『ひょっとして、お楽しみの最中だったか?』
少しも悪びれない口調で言われても、癇に障るだけである。本人にそのつもりがあるのかないのかは別にして、イザークには常に人を見下すような言動が多かった。加えてアスランとはあまり相性の良くない相手なのだ。




「プライドの高さが似てるからじゃないの?」


キラならば笑ってそう言うのだろうが。




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