脱いだ上着を受け取ろうと立ち上がって差し出されたキラの手に、取り出した小箱を乗せる。
「………………なに?」
派手ではないがシャレた包装紙に、形よく結ばれたリボンの小さな箱だ。女性ならすぐに察しがつくのだろうが、男であるキラにはハードルが高かったのか、怪訝な顔をしている。
「開けてみろ」
上着を自分でハンガーにかけながら促した。キラは何故か往生際悪く、箱とアスランを交互に眺めていたが、やがて座り込むと包装を解き始めた。

そして蓋を開け、分かりやすく固まる。


「まだ渡してなかったと思ってな。遅くなった」


キラを固まらせたのは、ビロードの台座に鎮座する細い銀色のリングだった。
大きな宝石がついているわけでもなく、一見それほど大袈裟なものではなさそうだが、よく見ると細工がおそろしく繊細である。大量生産ではこうはいかないはずだ。
これまで装飾品の類いには一切縁のなかったキラでも、明らかに手作りの一点ものだということくらいは判った。

「今はまだ許婚者じゃないけど、予告‥というか、予約?」
辛うじて摘まみ上げたまま、まだ呆然としているキラからリングを取り、アスランは恭しい仕草で掲げた左手の薬指に嵌めてやった。
「…良かった。サイズも丁度いいみたいだな」
おおよその見当だったが、合わなければ調整させればいいだけだと、至急で造らせたのだ。それに予め訊いたとしても、キラが指輪のサイズなど知っているとは思えないし、どうせなら秘密にしておいて驚かせたかった。

なにせアスランにとっても初めての体験だ。女にねだられて買わされることはあっても、自分から贈りたいと思ったことなどかつてなかった。


キラは相変わらず意志のない人形のような無表情で、されるがままになっていた。二人きりなのだから会話が途切れてしまうと、必然的に部屋には沈黙が落ちる。
「…………こういうの‥高いんじゃないの?」
余りの静けさに「まさか気に入らないのだろうか」と不安が過る頃、漸く解けた唇が至極現実的な言葉を紡いだ。
「僕にはとてもじゃないけど、お返しなんか出来ないよ?」
キラらしいといえばキラらしいが、もう少しなんとかならないものかと、アスランは苦笑を禁じ得ない。
「無用だ。俺が欲しいのは金じゃ買えないものだしな」
「―――どうして、急に?」

今日はお互いの誕生日でもなければ、世間で言うイベントごとの日でもない、まったくの平日。キラの疑問も頷ける。
だがアスランは理由をストレートに告げるのを避けた。サプライズは成功したし、受け取ってくれただけでもう満足だった。
「そうだなぁ、強いて言うなら…この前、格好良くプロポーズされたのが、悔しかったから?」
惚けたフリで茶化したアスランに、釣られるようにキラにも少しだけ笑顔が戻る。先日の遣り取りにプロポーズなんていう意図は毛頭なかったが、そういえばアスランがそんなことを言っていたなと思い出したのだ。
「…ばーか」
サプライズに驚き過ぎて表情まで無くしていたキラの心を、頬を優しく撫でてくるアスランの掌が、柔らかく溶かしてくれる。
(そんなの、とっくにアスランのものだよ)
“金で買えないもの”とは、即ち“キラ自身”を指す。鈍いキラでも流石にそのくらいは解った。



「あー、それともうひとつ」
無意識だろう、気持ち良さそうにアスランの掌に頬を擦りよせて来ていたキラが、細めていた瞳を開いた。


「今日は俺たちが初めて出逢った日だろ?」
「え…?」




敢えて後付けのような言い方をしたが、今日を選んだ本当の理由はこちらだった。

アスランとキラが出逢ったのは、運命でも偶然でもない。ただ家の都合に翻弄された、ドラマもムードも介入する隙もない、義務感だけのものだった。
しかも長いこと反発し合っていて、今となっては忘れてしまいたい過去ですらある。実際アスランに指摘されてもハッキリと思い出せないくらいだった。まだ春先と呼べる季節だったかな、という程度だ。

でもアスランはそんな最悪の出逢いもしっかりと覚えていて、その上、特別な日に塗り替えようとしてくれている。



桜の蕾も開きかねているこの日。
きっとキラは今日の日を、二度と忘れることはないだろう。
アスランに出逢えた幸運と、約束の指輪を贈られた喜びと共に。




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