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家主に断りもせず、手持ちの鍵をドアに挿し、捻ったアスランの表情が途端に険しくなった。解錠方向へ回したはずが、求めた手応えが得られなかった所為だ。送迎の車を降りた時に窓からの灯りを認めていたから帰宅しているのは間違いないだろう。
アスランはふつふつと湧き上がった怒りに任せ、些か乱暴にドアを開けた。
今日くらいは和やかにいこうと思っていたのに、キラの警戒心のなさと自分の独占欲は、いつだってアスランを裏切るのである。


師事している老教授に個人的に貸与されているノートパソコンから顔を上げ、呑気に挨拶を寄越したキラに、アスランは返礼もなしに厳しい声をぶつけた。
「鍵は必ずかけろと、何回言わせれば気が済むんだ、お前は」
現れたと思いきや、いきなりのお怒りモードに、キラはコトリと首を傾げる。
「いや、確かに言われてたけど。でもこの部屋に盗られて困るものなんかないし、流石の僕も外出時には施錠するよ?それに泥棒さんだってこんないかにもなオンボロなアパートに、わざわざ選んで忍び込んだりしないと思うんだよね」
一番高価なものといえば、借りているこのパソコンくらいだけど、これは持ち歩いているから心配ないし…と、その相変わらず危機感ゼロの発言は、アスランの理解の範疇を軽々と飛び越えている。あと泥棒に敬称を付けるのは、一体なんだ。
これは駄目だと本気で頭を抱えたくなったアスランだが、このまま曖昧にしていい問題ではない。半ば無理矢理、目減りした気力をかき集めた。
「物が惜しいなんて言ってない。俺が心配してるのはお前だ」
「あー出たよ、成金発言。盗られても買い直せばいいとか―――って、え!?僕!?」
ポカンと自分を指差したキラは、やっぱり絶対に解っていない。寧ろ在室中にこそ施錠して欲しいのに。
「成金発言だろうと何だろうと、物ならまた買い直せばいいだけの話だ。だがお前はそうはいかないだろ。もし侵入者がお前目当ての変質者だったらどうするつもりだ!」
どことなく拗ねたように、それでも真剣に持論を展開したアスランに、キラは喉を鳴らして息を吸い込むと、次の瞬間――――

「――――ぷ…っ!あはははっ!!」

大変失礼なことに、思い切り吹き出した。
それはもう、腹を抱えた大爆笑である。直後、アスランの額に青筋が立ったが、勿論気にもしない。
「ちょ、あっははは!なにそれ、そんなこと心配してたの!?ははは!あ・安心してよ、僕をそういう目で見る物好きなんて、世界広しといえどきみくらいのものだからさ~!!」
ヒーヒーと呼吸困難を起こすほど笑い転げるキラを横目に、アスランは忸怩たる思いを噛み締めた。かつておかしな男に付きまとわれて青い顔をしていたのを、もう忘れてしまったの言うのだろうか。あの時は偶然アスランが居合わせたが、そんな経験だって一度や二度では済まないはずだ。ひょっとしたら自己評価が低過ぎるあまり、あれとこれとが結び付かないのかもしれない。
外見だけに惚れたつもりはないが、アスランに選ばれた自分の容姿がとびきりであると、そろそろ気付いてもよさそうなものなのに。もうこれは鈍いというレベルではない。

ならば解るまで何百でも何千回でも言って聞かせるまでだと悲愴な決意を固めたアスランは、漸く笑いの発作の治まったキラに「そんなとこじゃなんだし、まぁこっち来て座んなよ」と手招きされて、見事に出鼻を挫かれた。しかし言われてみれば、自分は玄関と呼ぶには憚られる狭い三和土に立ち尽くしたままだ。キラにそんなつもりがないのは承知の上だが、確かに落ち着いて論議する必要があると判断したアスランは、脱ぎかけた上着の内ポケットの中身を思い出した。


カガリの電話や着いて早々のキラの所業に振り回され、すっかり失念しかけていたが、そもそも今日ここに来たのはこれを渡すのがメインだったのだ。

どうしても今日渡したくて店から直行までしたのに、これ以上小言を並べて、キラの機嫌が下降するなんて事態はごめん被る。所詮は痴話喧嘩(ニコル談)であったとしても、無粋な言い争いは避けたい場面だ。仕方なくアスランは、とにかく鍵をかけるのを忘れないようキッチリ念を押すことでこの一幕を終え、内ポケットをゴソゴソと探った。




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