「――――――はい」
『私だ!』
散々スレーされた相手に漸く連絡がついた苛立ちと、気が急いているのがあからさまな居丈高な第一声に、アスランの眉間に皺が寄る。元凶は自分であるが、親しくもない人間にこんな口を利かれるのは業腹だった。
「…ここのところ忙しそうだったと思ったが。今更俺に何の用だ?」
冷たい上、たっぷりと皮肉を込められた台詞を浴びせられ、カガリの怯んだ気配が伝わって来る。
『っ!もう、聞いてるんだな?』
「聞いてる…とは一体どの話のことだ?名家のお嬢様の相応しいとは言い難いご友人たちの話か、表立っては共に夜会に出続けたりして、俺を笑い者にしていた話か?あぁ、婚約破棄の話もあったな。それとも他にまだ何か――――」
『違うんだ!!』
わざと惚けたアスランを遮って、カガリは必死の体で言い訳を並べ始めた。
『私は新しく出来た友人たちと騒ぐのが目新しくて楽しかっただけで、別にお前を蔑ろにするとかそんなつもりは少しもなかった!!』
「だが友人とは言っても男ばかりのグループと、夜毎深夜まで付き合ってれば、有ること無いこと噂されても自業自得だろ。そのくらいは世間知らずなお嬢様でも弁えてると思うがな。しかもその連中が札付きとくるんだから、まったく笑えない話だ」
『れ・連中の素行については、私も知らなかったんだ!』
音声が割れるほどがなりたてられて、アスランは目を眇めて携帯を耳から遠ざけた。そうやって縋り付いても、アスランの気持ちを増々冷ますだけなのだから、哀れなことである。
「仮に“知らなかった”というお前の主張を信じるにしても、それがそのまま世間に通用するとでも思ってるのか?噂を知る人間一人ひとりに、こうやって弁解して回るなんて不可能だ。お前曰く“楽しいお友達付き合い”のお陰で、俺は今まで他家の高貴な方々に同情という名の嘲笑を、散々浴びせられてたって事実は変わらない。遊びには慣れている俺も、流石にこんな屈辱を受けるとは思ってもみなかった」
『アスラン…!』
悲鳴のように叫ばれても、アスランの心は微塵も揺らがない。元々アスランはこういう人間なのだ。
「まぁ俺のことはいい。どれだけ取り繕ってみたところで、成り上がり者の蔑みが消える訳じゃないしな。それよりアスハ家としては、これ以上名誉が傷付かないよう、こちらから出した条件を飲むか、俺との婚約を正式に破棄するかを、早急に決断する必要があるんじゃないのか?」
飲むはずはないが…、とは内心の呟きに留めておく。
「今のところ父に破棄の意志はなさそうだが、それもいつまで保つだろうな。これは忠告なんだがパトリック・ザラを甘く見ない方がいいぞ」
『そ・それは勿論解っているが、お前はどうなんだ!?』
「俺?」
アスランは首を捻った。本当に意味が分からなかったのだ。

これまで遊んで来た女たちの中にも、真剣な想いを寄せてくる者はいた。しかし己の魅力でアスランを振り向かせられない程度の相手に、ただ泣いて縋られても迷惑でしかなかった。単なる遊び相手に、アスランの“気持ち”が介在することはない。
恋する女の心理などアスランに理解しろという方が、土台無理な話なのだ。
唯一アスランを強要でも泣き落としでもなく“振り向かせた”存在。

キラが例外だっただけ。


だがアスランに甘い夢を見ているカガリには、それが解らなかった。
『お前は、私と別れることになっても、平気なのか!?』
政略的とはいえ、許婚者にまでなったのなら、少しくらいは気に入ってくれているはずだ。そんな一縷の望みを賭けたカガリの言葉が、アスランにとっては「またいつものパターンか」と呆れる結果になったのだから、これはもう皮肉と言わざるを得ない。
「俺が平気かって?今更な質問過ぎて却って笑えるが、お望みなら答えてやろう。これで婚約解消出来れば願ったり叶ったりだ。高慢で我儘なお嬢様のお守りを押し付けられなくて精々する。お前の考えなしの不始末には、いっそ感謝したいほどだ」
『――――――――――そ・んな…』
「キラを蔑ろにした報いだ」
アスランは口元に笑みさえ浮かべて言い切ると、そのまま一方的に通話を終えた。これ以上、十把一絡げでしかない女の泣き言に付き合ってやる義理はない。





アスランは車窓から見える風景で、キラのアパートに近付いたのを知ると、早々にカガリを脳内から追い出した。




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