「カガリさまー!」
お嬢様御用達の女子大のキャンパスで、懇意にしている友人から声をかけられたカガリは、正門へ向かって急いでいた足を止めた。
「今お帰りですか?」
振り返ったカガリの視界で、友人二人がいかにも育ちの良さそうな笑みを浮かべている。
「おーまた明日な!」
彼女らにいつもの挨拶と共に軽く片手を挙げ、立ち去ろうとしたカガリだったが、友人は再び引き留めた。
「カガリさま、これからわたくしの家でホームパーティをしようと思ってますの。他のクラスの皆様もお呼びしておりますし、宜しければご一緒にお越しください」
「あー……」
声をかけてきた方の友人に誘われるも、カガリは困ったように頭を掻いた。
「すまない。せっかくだが、先約があるんだ」
隠したり誤魔化すのを苦手とするカガリは潔くペコリと頭を下げる。するともう一人がピンときたのだろう。友人の袖を引くと微笑んだ。
「無粋でしたわね。これからアスランさまとお出かけでしたの?」
お嬢様とはいえ、カガリ同様、生まれながらの許婚者…とまではいかなくとも、それに近い相手は既にいる面々だ。そこら辺りの察しはつくのだろう。誘ったもう一人も慌てて意見を引っ込めた。
「あ、そうですよね、わたくしったら!気が利かなくて申し訳ございません」
「いや、今日はアスランじゃ――」
ない、と否定しようとしたカガリの台詞は、すっかりお花畑と化した友人によってあっけなく遮られた。
「わたくし、先日のパーティで初めてアスラン様にお目にかかりましたが、本当に素敵な殿方ですのね。流石アスハ家の後継者であるカガリさまと、心から感心致しました!」
「またお二人で並ばれると、まるで一枚の美しい絵画を見せて頂いているようで、惚れ惚れしてしまいますわ」
「そ・そうか?」
何よりもカガリ自身が惚れこんでいるアスランである。誉められて悪い気がするわけがない。だがそこは良家の令嬢としての嗜みとして、言葉通り受け取るのは憚られた。
「確かにアスランはいい奴なんだが、少し家柄に釣り合わない部分があってな。私の目の届かないところで、何か失礼を働かなかっただろうか」
「まあ!とんでもありません!!」
「物腰も柔らかくて、とてもスマートな対応をしてくださいましたわ」
「ならいいが…。これからも相応しくない言動があれば、遠慮なく言ってくれ」
これこそがアスランの最も嫌う“良家の上から目線”というものなのだが、ずっとこの世界で育って来た純粋培養なお嬢様たちにとっては至極当たり前の発言。そしてそれは意識せずとも随所に現れてしまうのだ。本音を相手に悟られぬよう包み隠すなど、20才を迎えたばかりのカガリにはまだ難し過ぎる要求だった。


所謂“良家”といわれる名門の家系は、当然のことながら滅多に増減するものではない。つまり多少の変化はあっても、面子は殆ど変わらないのだ。そんな中“新顔”として迎えられたアスランは、皆の注目の的である。ましてそれが極上の美丈夫ともなれば、深窓のお嬢様にとっても興味津々になるのは無理からぬ話であった。友人二人もご同様で、アスランと少しでもお近付きになりたいらしく、カガリを囲んでキャアキャアと弾んだ声を上げた。やや困惑を見せたカガリも、アスランを自慢したい気持ちは大いにある。今までならそういった乙女トークになど興味はなかったカガリも、いつになく一緒になってはしゃいでしまった。

が、それも長くは続かなかった。



「あら?あの方……」
カガリにはひとつのことに気を取られると、他が疎かになるという悪い癖がある。この時もアスランの話に夢中になっていて、正門の所に佇む長身の男に気付いたのは、一緒にいた友人の方だった。もう一人もそちらを見て首を傾げた。




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