有頂天




◇◇◇◇


こうなってしまえば、思う壺というやつである。ハイネの話術にかかれば、忽ちカガリは気を許し、さぞかし舌も滑らかに滑ってくれることだろう。
アスランに冷たくあしらわれた後なのだから、殊更に。


「飛んで火に入る夏の虫だな」
「頭が悪過ぎる!この女には警戒心というものはないのか!!」
憤慨するイザークは、きっとカガリのやることなすこと気に入らないに違いない。
「まぁまぁ、そう言わないで。仕掛けてるのは僕たちなんですから……」
誰かが激昂すれば誰かがそれを諌める。なんだかんだ言いつつも、こうして釣り合いを取ってきたのだから、本人たちに自覚はなくても、いい仲間なのかもしれない。
さっきまでの黒いオーラはどこへやら、今度は器用に宥め役に回ったニコルは、イザークに睨まれてもどこ吹く風だ。

そこへ着信を告げるバイブの鳴動音が響いた。告げたのはニコルの携帯で、上着のポケットから取り出した液晶にチラリと目をやると、徐に画面をタップし耳にあてる。
「僕です」
ニコルが数種類の携帯を使い分けているのは最早デフォで、この場で通話を始めたこととその携帯の機種から、イザークとディアッカにも相手がアスランであると訊かなくても察しはついた。
「―――ええ。こちらは首尾よく進んでますよ。ご心配なく」
どうやら進捗状況が気になって、かけてきたらしい。
アスランだけには予め今日の計画を、こと細かに説明してあったのだ。


公にはアスランはカガリの許婚者となったわけで、立場上夜会への出席を求められれば生半可な理由では断れない。だが今夜のそれには“生半可でない理由”をこじつけてでも、欠席してもらう必要があった。
カガリの傍にアスランがいては、ハイネが近付く余地がないからだ。

因みに今夜、件の夜会があることは、アスランからのリークである。


「少し耳に入れておいた方がいいことも出来ましたけど…それはまた会った時にでも。それよりキラさんはどんな様子ですか?」
ニコルが懸念したのは、新たに発覚したカガリのキラへの根深い感情の可能性の話だが、それはもう少し探りを入れてからでも遅くはない。不確かな内にキラに伝わりでもすれば、却って余計な傷を負わせてしまう。
加えて実は今、アスランはキラと一緒にいるのである。余計に確証のない話題を持ち出す時ではなかった。

そのニコルの判断に異論はないイザークとディアッカも、黙って遣り取りを聞いていたのだが。


「は?寝てるって――、そうじゃなくてですね。…てか、キラさん、こんな時間から寝てるんですか?」
ニコルはカガリを“嵌める”計画に一度は同意したキラが、早々に後悔しているのではないかと尋ねたつもりだったのだが、ことキラに関するとどこかズレた感覚を発揮するアスランは、馬鹿正直に“現在の”キラの様子を答えたらしい。

夜会と揶揄される通り、今は確かに夜には違いないが、まだ宵の口といっても差し支えない時間帯。成人した大学生でなくとも、就寝するには程遠い時刻だ。
思わず上がったニコルの驚きのコメントは、一瞬にして車内に温い空気を醸し出した。
(あ~…。寝てるっつか、抱き潰したな、こりゃ)
バリバリと頭を掻くディアッカの内心は声にならなかった。言うまでもない、というやつだ。
同年代の男にしては華奢なキラなら、体力の差で気を失うというのも充分に考えられる。というか有りそうで嫌だ。
「アスラン…貴方、まさか――」
たちまちニコルからドス黒いオーラが噴出した。
「キラさんを殺すつもりですか!!」
続くニコルの怒声に、イザークとディアッカは揃って肩透かしを食らった。
((ツッコむの、そこなのかよ!!!!))
ここはやはり、他人にはこんな手間をかけておいて、自分は恋人とお楽しみってのは虫がよすぎるんじゃないか、という怒り方が妥当な場面だろう。
通常のニコルなら見返りをランクアップするために、すかさずネチネチと当て擦るところだ。
それをしないというか、思い付きもしないということは、ニコルも大概、キラには甘く出来ているのだろう。



携帯に向かって、やれ気絶するまでやり続けるなど言語道断だの、がっつくなだの、挙げ句の果ては中出しがどうのと、恥ずかし過ぎることまで踏み込んで説教を垂れるニコルを眺めながら、残る二人はアスランに全力で同情したのだった。




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