有頂天
・
こちらが甘い顔をしていた所為で、どんどん増長したとしか思えなかった。その辺の図々しさは卑しい母親の血なのかもしれない。それとも目の前にぶら下げられた、ザラ家の資産に目が眩んでのものか。
激しい怒りを覚えると共に、カガリの中にそれまでは影も形もなかった、ある疑念が生まれた。キラがここまで性根の厭らしい人間であるならば、いつかアスハ家当主の座をも狙って来るかもしれないというものだ。
勿論この考え方には大きな矛盾がある。
キラの目的が当主の座ならば、逆にカガリの応援に回るだろう。そうすればカガリはアスランとの結婚により、形式上ザラ家へ嫁ぐことになる。アスハ家の世継ぎとしてカガリが子を産むまでの一時期とはいえ、労せず邪魔物を追い払えるというわけだ。
ウズミはカガリとキラを分け隔てなく愛している。その彼が早々にカガリを後継者と定めたのは、カガリが優遇された所為ではなくて、単に姉弟間に争いの火種を生まないようにするためだ。キラがそこのところの事情をどこまで把握しているのか知らないが、丸め込もうとすれば簡単に決定は覆るだろう。にも関わらずアスランを取ろうとするキラの言動はやはり矛盾している。
だが利害の一致を見ないとはいえ、一度生まれた疑惑は、疑心暗鬼の海を勝手に泳ぎ始める。
今はまだキラにとってアスハ家の名誉よりもザラ家の資産の方が魅力的なだけで、そちらを手にすれば次はこちらに目が向くことだってあるかもしれない。プライドと優先順位の問題なだけで。
それはカガリの中で芽吹いた、ほんの小さな疑惑の芽だった。もし誰かに笑い飛ばしてもらえたなら、簡単に霧散してしまいそうな小さなものである。だがカガリは誰にも、友人にさえ話すことは出来なかった。
いつも彼女らの与えられるばかりの受け身の人生を、しかもそれと気付きもしないお花畑さ加減を、内心で見下していたからだ。彼女らを“下”に見ていた。そんな相手に自分の腹の内を話して聞かせるほど、カガリのプライドは低くない。しかも自ら望んだ許婚者に冷たく拒絶されたなど、何の悩みも苦労もなく、ただ相手に望まれて、約束された幸せな家庭を持てる彼女たちが“羨ましい”と言っているのも同然で、絶対に認められなかったのだ。
「カガリ様が次期当主ですよね?」
計らずもこのハイネの何気ない一言で、これまでの全てを暴かれた気がして、思わずあからさまに動揺してしまった。
必死で自分を落ち着かせ、改めて見たハイネからは、穿った素振りは感じない。
(当たり前、か)
今初めて会った他人が、カガリの内面など知る由もない。偶然出た一言に、カガリが勝手に意味を加えただけなのだ。
そしてふと溜まった鬱積を、この男に話してみようかと思った。彼はこの先も交流があるかどうかすら分からない、謂わば行きずりの後腐れもない男だ。この閉鎖的な環境のことを分かっていて、しかも密かにカガリの身を案じてくれていたという。
実に好都合な相手だ。
話してもどうなるものではないし、アスランを選んだのはカガリの意志だ。誰かに助けてもらおうなんて虫のいいことを願っているのではない。ただ話を聞いてもらって、少しスッキリしたいだけなのだ。他意はない。
それでも、多分、きっと。
気晴らしくらいにはなるはず。
カガリは躊躇うように唇を舐め、小さく誘いの言葉を口にした。
「――――急に大きな声を出して済まなかった。詫びといってはなんだが、あちらで寛がないか?」
こういったパーティは基本立食なのだが、やや奥まった場所にテーブルや椅子が用意されている。疲れた参加者が小休止を取ったり、込み入った話をするために設えたものだ。パーティ参加者もそれを知っているから、敢えて近付くようなことはしないという不文律もある。
同じホール内にあっても、そこは隔絶された場所なのだ。
「私などにお相手が務まりますかどうか分かりませんが」
勿論、ハイネは快く頷いた。
・
こちらが甘い顔をしていた所為で、どんどん増長したとしか思えなかった。その辺の図々しさは卑しい母親の血なのかもしれない。それとも目の前にぶら下げられた、ザラ家の資産に目が眩んでのものか。
激しい怒りを覚えると共に、カガリの中にそれまでは影も形もなかった、ある疑念が生まれた。キラがここまで性根の厭らしい人間であるならば、いつかアスハ家当主の座をも狙って来るかもしれないというものだ。
勿論この考え方には大きな矛盾がある。
キラの目的が当主の座ならば、逆にカガリの応援に回るだろう。そうすればカガリはアスランとの結婚により、形式上ザラ家へ嫁ぐことになる。アスハ家の世継ぎとしてカガリが子を産むまでの一時期とはいえ、労せず邪魔物を追い払えるというわけだ。
ウズミはカガリとキラを分け隔てなく愛している。その彼が早々にカガリを後継者と定めたのは、カガリが優遇された所為ではなくて、単に姉弟間に争いの火種を生まないようにするためだ。キラがそこのところの事情をどこまで把握しているのか知らないが、丸め込もうとすれば簡単に決定は覆るだろう。にも関わらずアスランを取ろうとするキラの言動はやはり矛盾している。
だが利害の一致を見ないとはいえ、一度生まれた疑惑は、疑心暗鬼の海を勝手に泳ぎ始める。
今はまだキラにとってアスハ家の名誉よりもザラ家の資産の方が魅力的なだけで、そちらを手にすれば次はこちらに目が向くことだってあるかもしれない。プライドと優先順位の問題なだけで。
それはカガリの中で芽吹いた、ほんの小さな疑惑の芽だった。もし誰かに笑い飛ばしてもらえたなら、簡単に霧散してしまいそうな小さなものである。だがカガリは誰にも、友人にさえ話すことは出来なかった。
いつも彼女らの与えられるばかりの受け身の人生を、しかもそれと気付きもしないお花畑さ加減を、内心で見下していたからだ。彼女らを“下”に見ていた。そんな相手に自分の腹の内を話して聞かせるほど、カガリのプライドは低くない。しかも自ら望んだ許婚者に冷たく拒絶されたなど、何の悩みも苦労もなく、ただ相手に望まれて、約束された幸せな家庭を持てる彼女たちが“羨ましい”と言っているのも同然で、絶対に認められなかったのだ。
「カガリ様が次期当主ですよね?」
計らずもこのハイネの何気ない一言で、これまでの全てを暴かれた気がして、思わずあからさまに動揺してしまった。
必死で自分を落ち着かせ、改めて見たハイネからは、穿った素振りは感じない。
(当たり前、か)
今初めて会った他人が、カガリの内面など知る由もない。偶然出た一言に、カガリが勝手に意味を加えただけなのだ。
そしてふと溜まった鬱積を、この男に話してみようかと思った。彼はこの先も交流があるかどうかすら分からない、謂わば行きずりの後腐れもない男だ。この閉鎖的な環境のことを分かっていて、しかも密かにカガリの身を案じてくれていたという。
実に好都合な相手だ。
話してもどうなるものではないし、アスランを選んだのはカガリの意志だ。誰かに助けてもらおうなんて虫のいいことを願っているのではない。ただ話を聞いてもらって、少しスッキリしたいだけなのだ。他意はない。
それでも、多分、きっと。
気晴らしくらいにはなるはず。
カガリは躊躇うように唇を舐め、小さく誘いの言葉を口にした。
「――――急に大きな声を出して済まなかった。詫びといってはなんだが、あちらで寛がないか?」
こういったパーティは基本立食なのだが、やや奥まった場所にテーブルや椅子が用意されている。疲れた参加者が小休止を取ったり、込み入った話をするために設えたものだ。パーティ参加者もそれを知っているから、敢えて近付くようなことはしないという不文律もある。
同じホール内にあっても、そこは隔絶された場所なのだ。
「私などにお相手が務まりますかどうか分かりませんが」
勿論、ハイネは快く頷いた。
・