有頂天




『……次期当主』
その言葉が何かに引っ掛かったのだろう。鸚鵡返しになったカガリの呟きに、ハイネはわざとぼけてみせた。
『?カガリ様が次期当主ですよね?』
『あ・当たり前だろう!!』



「あ~あ。あからさまに動揺しちゃって」
ニコルの台詞は嘲り混じりだった。

どうせキラの存在が頭を掠めでもしたのだろうが、それにしてもガッカリだ。音声のみに関わらずこうまで動揺が伝わって来るような単純な相手では、こちらとしても食い足りない。アスランとキラを応援する目的であることに変わりはないが、折角の楽しいイベントなのに退屈で欠伸が出そうだった。
「今の、キラを跡継ぎ問題の方でも意識してるってことなのか?」
ディアッカなど本当に欠伸をしている。
「そりゃまぁ…。妾腹とはいえ、キラさんだってウズミ・ナラ・アスハの息子ですしね」
「くだらん!あいつにそんな気があるわけないだろう!!」
イザークが憤懣遣る方ないといった風にドンとスモークの貼られた窓を拳で殴り付ける。
「ちょっと!壊さないでくださいよ!!あと僕に怒らないで欲しいですね。僕はあくまでも事実を述べたまでで、それこそカガリ嬢の胸の内なんて僕らの誰も分からないんですから」
ニコルの反撃はおそろしく正論で、キラに肩入れし過ぎる余り完全に公正さを欠いたイザークでは太刀打ちなど出来ようはずもない。それでなくても口でニコルに勝負を挑んでも、結果など推して知るべしなのである。
イザークとニコルの間で散った火花など我関せずを貫き、パーティ会場で尚も続く会話を聞いていたディアッカは、ハイネが言っていたことを思い出していた。
“良家”に産まれると様々な特権もあるにはあるが、他では考えられない事情も付いてくるらしい。例えば同じ血を分けたきょうだいといえども、当主になる者とそうでない者では雲泥の差がある。
ハイネはほんの触りの部分だけ“良家”の内情を吐露した後、苦く笑った。
『だから時期当主の座には異常なまでに執着するのさ』
きっとヴェステンフルス気の三男のハイネが出奔を決断したのも、多少なりとそこらの内情が絡んでのことなのだろう。それ以上詳しくは話そうとはしなかったが、そんな彼らの内情を体感したハイネだからこそ、自分たちが想像もしてなかった後継者問題もあるに違いないと、上手く揺さぶりをかけて、カガリの本音を聞き出すのに一役買えたのかもしれない。
「けど、カガリ・ユラ・アスハが姫さんを当主の座を脅かす相手だと意識してるとすれば、増々厄介だよなぁ」
ディアッカに倣って、スピーカーからの音声に耳を傾けていたニコルとイザークも神妙に頷いた。
「今のところウズミ氏に変更の意志は見られませんから、カガリ嬢が次期当主で間違いないでしょうが、彼女がアスランを選んだ時点で離籍は規定路線です。ザラ家がアスランを手放す婚姻など成立するわけがありませんから、カガリ嬢がザラ家へ輿入れするはず。おそらくは産まれた子供の一人を次期アスハの当主に据える話はついているのでしょう。ですがそんな回りくどいことをしなくても、キラさんがいますからねえ。自分がアスハ家の当主を産み、その子供がある程度成長するまで、どう見繕ってもかなりの年月が必要です。その間にウズミ氏になにかあるかもしれませんし、キラさんは優秀ですし。単なる傍惚れならハニートラップ程度で事足りますが、相続問題が根っこだとすると、カガリ嬢はアスランが絡むずっと以前から、キラさんを意識していたことになる。しかも悪いことに何の悪戯か、同じ日なんでしょ?キラさんとカガリ嬢の誕生日って」
「そうらしいな」
常時刻まれているイザークの眉間の皺がさらに深くなった。これでは妾腹ということを除けば“長子相続”の原則も強い効果は望めない。
「…………僕ら、認識が甘かったですかね?」
チラリとイザークを流し見たニコルの瞳には凶悪な光が宿っていた。
答えないイザークに代わって、ディアッカが急場を凌ぐように取り成した。本気モードのニコルが何を仕出かすか、考えるだに恐ろしい。
「待て待て。そう判断するのは、もうちょっと様子見してからでも遅くはないんじゃね?色々“上流階級/笑”とやらに詳しいハイネが、スマッシュヒットを飛ばしそうだし、な?」
意外にも客観的に、ほら、聞いてみ?と、スピーカーを指し示したのだった。




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