有頂天
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◇◇◇◇
「上手いですねぇ」
ヘッドセットを外しながら、ニコルが満足げに呟いた。
「女性の母性本能を蜂起するやり方も、ココイチでカガリ嬢を特別視するタイミングも、非の打ち所がありません」
あれで計算づくなんですから‥と続く手放しの賛辞に、暇潰しに傍で山と積まれた器械類を興味なさげに眺めていたイザークが眉を顰める。
「なんでもいいが、ちょっとやり過ぎじゃないのか?」
この装置に対しての苦言を装ってはいるが、そうでないのは明白だった。明らかにニコルの“道楽”を指している。
「僕は自分のプランがちゃんと遂行されているかどうか、この目で確かめないと気が済まないタイプなんです。ハイネを全面的に信用するほど、楽天家でもありませんしね。とか言ってイザークだって、ほんとは気になって仕方ないんでしょ?」
素知らぬ顔で惚けられた挙げ句、内心まで疑問形で断定されて、イザークは増々眉間に皺を寄せた。
パーティが行われている荘厳なホテルの薄暗い地下駐車場。そこに停められた大型のワンボックスカーの中での遣り取りである。金にものを言わせて後部座席を全て取り払い、マイクで拾った音声を受信する器機を積み込んだ特別製の改造車だ。
勿論集音マイクはハイネのスーツのネクタイピンに取り付けられている。小型でも大変高性能でなによりだ。
時折遊び仲間に加わるハイネがヴェステンフルス家の問題児だと突き止めたのはニコルで、彼の生家が末席とはいえ件の“夜会”に出席を許されていることまで調べ上げ、この話を持ちかけた。
尤も金だけで簡単に乗ってくるとの予想は、意外にも多少の難航を強いられた。いくら言葉を飾ってみてもカガリを騙す事実に変わりなく、ハイネが気乗りしないと難色を示したのだ。ちょっと気を引く程度で充分だと甘言を呈し、漸くそれじゃあ話を聞こうという運びに持っていくという一手間を要した。
リアリティを持たせるため、必要に応じて予定してなかったアスランとキラの事情を掻い摘んで説明するに及ぶと、ハイネは大いに同情し、一転して積極的に乗り出して来た。彼自身が元々持っていた“名家”への反発心が強く働いたのだ。勿論結果オーライだったとはいえ、これ以上関わらせようとは、ニコルも考えてはいなかったが。
納得がいかないことに流されない姿勢には好感が持てるものの、所詮それだけだ。ハイネとの繋がりはあくまでもビジネスライクでいい。メンタル面に期待するほど付き合いを深めるには、余りにも時間がなさ過ぎた。それでなくても自分たちは隙を見せれば付け込まれ易い、実に迷惑な実家を持っている。うっかり気を許せば、いつハイネが反旗を翻さないとも限らない。
そういった不確定要素を補うためにこうして出向いていたところを、敢えてニコルは自らの性分と言ったのだ。
「ハイネの奴が女の扱いに長けてるってのは良く分かった。で?肝心のカガリ様はどうよ?」
運転席から半身を乗り出すようにして、ディアッカが尋ねて来た。こちらは完全に好奇心でのみ動いているようである。流石のニコルもここまでではない。半分はちゃんとアスランとキラの未来を応援しているつもりだ。あくまでもつもりだが。
女遊びにかけては一家言持ちのディアッカにかかれば、細かい実況など聞かなくても、ニコルの洩らした感想だけでハイネの首尾の大凡の見当はついたらしい。
「えーっと、ちょっと待ってくださいよ」
ニコルが小さなレバー状のスイッチを押し上げると、パーティの物音がオープンで聞けるように切り替わった。
「お、いーねぇ。感度良好ってか?」
「急拵えにしては中々のものですよね」
イザークも苦虫を噛み潰したような表情ではあったが、おとなしく聞く方向だ。盗み聴きなどという卑劣な行いは性に合わないのだろうが、本人に自覚があるかどうかはさておき、イザークが一番キラに同情的なのはこれまでの経緯からも明らかだった。彼にとってもハイネの首尾は気になるところなのだ。文句は言っても本気で邪魔することはない。
その辺りもニコルの計算通りであった。
『ハイネ、何でそこまで私に固執するんだ?』
オープンにした途端、カガリの声が全員の耳に届いた。
『お助けしたいと思っていたからです』
『助ける?私の何をだ?』
『私はカガリ様の許婚者だったユウナ殿を知っていましたから。こう言ってはなんですが、あんな男を生まれながらにして押し付けられているだなんて、女性として余りにも気の毒だと思った。しかも家柄だけしか寄る辺のないあの男が、女性でありながらアスハ家の次期当主という重責を担うカガリ様をお助け出来るとも思えない』
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「上手いですねぇ」
ヘッドセットを外しながら、ニコルが満足げに呟いた。
「女性の母性本能を蜂起するやり方も、ココイチでカガリ嬢を特別視するタイミングも、非の打ち所がありません」
あれで計算づくなんですから‥と続く手放しの賛辞に、暇潰しに傍で山と積まれた器械類を興味なさげに眺めていたイザークが眉を顰める。
「なんでもいいが、ちょっとやり過ぎじゃないのか?」
この装置に対しての苦言を装ってはいるが、そうでないのは明白だった。明らかにニコルの“道楽”を指している。
「僕は自分のプランがちゃんと遂行されているかどうか、この目で確かめないと気が済まないタイプなんです。ハイネを全面的に信用するほど、楽天家でもありませんしね。とか言ってイザークだって、ほんとは気になって仕方ないんでしょ?」
素知らぬ顔で惚けられた挙げ句、内心まで疑問形で断定されて、イザークは増々眉間に皺を寄せた。
パーティが行われている荘厳なホテルの薄暗い地下駐車場。そこに停められた大型のワンボックスカーの中での遣り取りである。金にものを言わせて後部座席を全て取り払い、マイクで拾った音声を受信する器機を積み込んだ特別製の改造車だ。
勿論集音マイクはハイネのスーツのネクタイピンに取り付けられている。小型でも大変高性能でなによりだ。
時折遊び仲間に加わるハイネがヴェステンフルス家の問題児だと突き止めたのはニコルで、彼の生家が末席とはいえ件の“夜会”に出席を許されていることまで調べ上げ、この話を持ちかけた。
尤も金だけで簡単に乗ってくるとの予想は、意外にも多少の難航を強いられた。いくら言葉を飾ってみてもカガリを騙す事実に変わりなく、ハイネが気乗りしないと難色を示したのだ。ちょっと気を引く程度で充分だと甘言を呈し、漸くそれじゃあ話を聞こうという運びに持っていくという一手間を要した。
リアリティを持たせるため、必要に応じて予定してなかったアスランとキラの事情を掻い摘んで説明するに及ぶと、ハイネは大いに同情し、一転して積極的に乗り出して来た。彼自身が元々持っていた“名家”への反発心が強く働いたのだ。勿論結果オーライだったとはいえ、これ以上関わらせようとは、ニコルも考えてはいなかったが。
納得がいかないことに流されない姿勢には好感が持てるものの、所詮それだけだ。ハイネとの繋がりはあくまでもビジネスライクでいい。メンタル面に期待するほど付き合いを深めるには、余りにも時間がなさ過ぎた。それでなくても自分たちは隙を見せれば付け込まれ易い、実に迷惑な実家を持っている。うっかり気を許せば、いつハイネが反旗を翻さないとも限らない。
そういった不確定要素を補うためにこうして出向いていたところを、敢えてニコルは自らの性分と言ったのだ。
「ハイネの奴が女の扱いに長けてるってのは良く分かった。で?肝心のカガリ様はどうよ?」
運転席から半身を乗り出すようにして、ディアッカが尋ねて来た。こちらは完全に好奇心でのみ動いているようである。流石のニコルもここまでではない。半分はちゃんとアスランとキラの未来を応援しているつもりだ。あくまでもつもりだが。
女遊びにかけては一家言持ちのディアッカにかかれば、細かい実況など聞かなくても、ニコルの洩らした感想だけでハイネの首尾の大凡の見当はついたらしい。
「えーっと、ちょっと待ってくださいよ」
ニコルが小さなレバー状のスイッチを押し上げると、パーティの物音がオープンで聞けるように切り替わった。
「お、いーねぇ。感度良好ってか?」
「急拵えにしては中々のものですよね」
イザークも苦虫を噛み潰したような表情ではあったが、おとなしく聞く方向だ。盗み聴きなどという卑劣な行いは性に合わないのだろうが、本人に自覚があるかどうかはさておき、イザークが一番キラに同情的なのはこれまでの経緯からも明らかだった。彼にとってもハイネの首尾は気になるところなのだ。文句は言っても本気で邪魔することはない。
その辺りもニコルの計算通りであった。
『ハイネ、何でそこまで私に固執するんだ?』
オープンにした途端、カガリの声が全員の耳に届いた。
『お助けしたいと思っていたからです』
『助ける?私の何をだ?』
『私はカガリ様の許婚者だったユウナ殿を知っていましたから。こう言ってはなんですが、あんな男を生まれながらにして押し付けられているだなんて、女性として余りにも気の毒だと思った。しかも家柄だけしか寄る辺のないあの男が、女性でありながらアスハ家の次期当主という重責を担うカガリ様をお助け出来るとも思えない』
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