有頂天
・
「うお!お前、寝てたんじゃなかったのか!!」
驚いたディアッカがまたもハンドル操作を誤り、車は大きく蛇行する。しかしイザークは些かも動じることなく「こんな短時間で寝るはずないだろうが」と鼻で笑ったのみだった。
「……面白そうだと思うんだけどなぁ」
尚も諦め切れず食い下がろうとするディアッカに、ほとほと呆れたようにニコルは息を吐いた。
「長い付き合いですが、貴方がそんなに出歯亀好きだと初めて知りました。これからもハイネと連絡だけは綿密に取る手筈になっていますから、宜しければ逐一お教えしましょうか?あ、そうだ。なんなら今夜だけで廃棄するつもりでしたけど、この車も差し上げますよ。僕らはもう結果さえ得られれば過程に興味はないですから、一人で覗きに行ってみてはどうでしょう」
たっぷりと蔑みの光を帯びたニコルの瞳を、前方を向いていたディアッカが目撃しなかったのは、彼にとって幸せだったのかもしれない。こういう皮肉を言わせたら並ぶ者のないニコルの台詞は澱みなかった。
「でもいいんですか?先日から貴方が熱心に口説いてた、例のアスラン狙いの美女を放っておいて。もう少しで落とせそうだって、貴方ウキウキしてましたよね。キラさんしか眼中にない今のアスランが、遊びの女に現をぬかすとは思えませんが、他にも男は沢山いますから。うかうかしてるとつまらない男に掠め取られちゃいますよ?」
「あ!それは困る。あのナイスバディは捨て難いからな!!」
「お前は女の体しか見とらんのか!!」
「えー!一番大事なポイントだろー!?」
正直過ぎるディアッカに、イザークが口許をヒクとひきつらせる。相変わらずの年長組二人に、ニコルは笑いを噛み殺した。
「さ、イザーク。ディアッカは忙しくなるみたいですから、僕らは邪魔にならないようそこらで適当に下ろしてもらって、いつもの店で楽しむとしますか。アスランもディアッカもいませんから、きっと選り取りみどりの入れ食い状態ですよ」
「俺は元々選り取りみどりだ」
「わーっ!!行く行く!俺も行くからよ~!!」
「おや。カガリ嬢は宜しいんですか?」
「ニコル~~っ!そんな意地悪言うなって!」
ディアッカが慌ててハンドルを切った三人組を乗せたワンボックスカーは、こうして夜の歓楽街方面へと姿を消したのだった。
◇◇◇◇
ルームサービスで遅い夕食が届けられたのは、物音や声で気付いていた。だがどうにも動く気になれず、キラはベッドに沈み込んだまま天井を見つめ、ずっと沈黙を貫いていた。
「立てないなら、わたくしがテーブルまでお連れして宜しいでしょうか?姫」
何かを考えていたわけではない。ただぼんやりととりとめのないことが、脳内で再生されては消えていく――といった状態だったため、すぐ傍で突然囁かれた甘い声に、文字通り飛び上がるほど吃驚した。反射的に巡らせた視線の先では、芝居がかった仕草で胸元に手をあて、恭しく一礼するアスランが立っている。
「――だ・誰が姫だよ、ディアッカさんじゃあるまいし!自分で動けるから結構です」
本音を言えばまだ身体のあちこちが痛まないでもなかったが、立ち上がれないほどではない。グズグズしていたらアスランのことだ。嬉々としてベッドに運ばれた時のような屈辱的な抱き上げ方をするに決まっている。
“姫”なんて言い方をするのがいい証拠だ。
出来るだけ負担が掛からないようゆっくりと、宣言通り身体を起こしたキラを見て、アスランは悪戯っぽく眉を上げた。
「なんだ。それは残念」
どこまでもふざけた態度を崩さないアスランだったが、歩き出したキラの傍を離れようとはしなかった。万が一にもよろけた時には、すかさず手を差し延べるようとの配慮だ。
キラの強がりなどとっくにバレていて、それでも笑って好きにさせてくれている。そんなところが嫌味なほど気障ったらしいとムカつくのに、どうしても頬が弛むのを止められないキラだった。
・
「うお!お前、寝てたんじゃなかったのか!!」
驚いたディアッカがまたもハンドル操作を誤り、車は大きく蛇行する。しかしイザークは些かも動じることなく「こんな短時間で寝るはずないだろうが」と鼻で笑ったのみだった。
「……面白そうだと思うんだけどなぁ」
尚も諦め切れず食い下がろうとするディアッカに、ほとほと呆れたようにニコルは息を吐いた。
「長い付き合いですが、貴方がそんなに出歯亀好きだと初めて知りました。これからもハイネと連絡だけは綿密に取る手筈になっていますから、宜しければ逐一お教えしましょうか?あ、そうだ。なんなら今夜だけで廃棄するつもりでしたけど、この車も差し上げますよ。僕らはもう結果さえ得られれば過程に興味はないですから、一人で覗きに行ってみてはどうでしょう」
たっぷりと蔑みの光を帯びたニコルの瞳を、前方を向いていたディアッカが目撃しなかったのは、彼にとって幸せだったのかもしれない。こういう皮肉を言わせたら並ぶ者のないニコルの台詞は澱みなかった。
「でもいいんですか?先日から貴方が熱心に口説いてた、例のアスラン狙いの美女を放っておいて。もう少しで落とせそうだって、貴方ウキウキしてましたよね。キラさんしか眼中にない今のアスランが、遊びの女に現をぬかすとは思えませんが、他にも男は沢山いますから。うかうかしてるとつまらない男に掠め取られちゃいますよ?」
「あ!それは困る。あのナイスバディは捨て難いからな!!」
「お前は女の体しか見とらんのか!!」
「えー!一番大事なポイントだろー!?」
正直過ぎるディアッカに、イザークが口許をヒクとひきつらせる。相変わらずの年長組二人に、ニコルは笑いを噛み殺した。
「さ、イザーク。ディアッカは忙しくなるみたいですから、僕らは邪魔にならないようそこらで適当に下ろしてもらって、いつもの店で楽しむとしますか。アスランもディアッカもいませんから、きっと選り取りみどりの入れ食い状態ですよ」
「俺は元々選り取りみどりだ」
「わーっ!!行く行く!俺も行くからよ~!!」
「おや。カガリ嬢は宜しいんですか?」
「ニコル~~っ!そんな意地悪言うなって!」
ディアッカが慌ててハンドルを切った三人組を乗せたワンボックスカーは、こうして夜の歓楽街方面へと姿を消したのだった。
◇◇◇◇
ルームサービスで遅い夕食が届けられたのは、物音や声で気付いていた。だがどうにも動く気になれず、キラはベッドに沈み込んだまま天井を見つめ、ずっと沈黙を貫いていた。
「立てないなら、わたくしがテーブルまでお連れして宜しいでしょうか?姫」
何かを考えていたわけではない。ただぼんやりととりとめのないことが、脳内で再生されては消えていく――といった状態だったため、すぐ傍で突然囁かれた甘い声に、文字通り飛び上がるほど吃驚した。反射的に巡らせた視線の先では、芝居がかった仕草で胸元に手をあて、恭しく一礼するアスランが立っている。
「――だ・誰が姫だよ、ディアッカさんじゃあるまいし!自分で動けるから結構です」
本音を言えばまだ身体のあちこちが痛まないでもなかったが、立ち上がれないほどではない。グズグズしていたらアスランのことだ。嬉々としてベッドに運ばれた時のような屈辱的な抱き上げ方をするに決まっている。
“姫”なんて言い方をするのがいい証拠だ。
出来るだけ負担が掛からないようゆっくりと、宣言通り身体を起こしたキラを見て、アスランは悪戯っぽく眉を上げた。
「なんだ。それは残念」
どこまでもふざけた態度を崩さないアスランだったが、歩き出したキラの傍を離れようとはしなかった。万が一にもよろけた時には、すかさず手を差し延べるようとの配慮だ。
キラの強がりなどとっくにバレていて、それでも笑って好きにさせてくれている。そんなところが嫌味なほど気障ったらしいとムカつくのに、どうしても頬が弛むのを止められないキラだった。
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