有頂天
・
ニコルが「これ以上は時間の無駄」と言ったのは、この流れの所為だったのである。
ピリリ…とニコルの携帯が着信を告げたのは、既に車が地下駐車場を出て、暫く走行した頃合いであった。アスランがかけて来たのとは別機種のそれを取り出し、着信音でハイネからだと分かっていたニコルは、耳に当てるなりにこやかに相手を労った。
「ご苦労様です。首尾は上々だったようですね」
『おー。そうだな。男に免疫がないんだろう。拍子抜けするくらいやりやすかった』
「で、カガリ嬢は、今?」
『寝落ちたんで、お友達のお嬢様たちに押し付けて来たところだ』
「それは可哀想に。目が覚めて貴方がいなければ、さぞガッカリなさるでしょうに。随分と貴方をお気に召したようでしたし」
『冗談はやめてくれ』
疲弊し切った口調が、ハイネもカガリには相当の気を遣っていたのだと窺わせた。
「それにしてもいやに都合よく泥酔してくれましたね、カガリ嬢」
『言質は取ったからな。これ以上相手する必要もないかと思って、予め買収してあったボーイに、飲んでる酒のアルコール度数を上げさせたんだ。地味に効いたんだろ』
「おやおや、悪い人ですねぇ」
(((お前が言うな!!!!)))
その台詞を耳にした全員が内心で総ツッコミをしたのだが、声に出して言えるほどの強心臓の持ち主は世界中何処を探しても、居ないに違いない。
「さて。詳細はお任せしてましたから、今のところこちらからの指示もありません。が、この後のことも抜かりなくお願いします」
『ちゃんとアテはある。“カガリさま”にはうんざりするくらいのハーレム状態をご用意致しますよ』
「期待してます。かしましい連中の口の端に上るよう、精々派手に遊んであげてくださいね」
通話を終える直前にニコルがニヤリと唇の端を上げたを、バックミラー越しにうっかり目撃してしまった運転中のディアッカは、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを意識しながらも、興味の方が勝ってしまう自分を果てしなく呪った。
「――――カガリ嬢、寝ちまったのか」
リアシートに座るニコルに鏡越しに話しかける。
「ええ、そうですって。ね?僕が言った通り、あのまま聞いてても時間の無駄だったでしょ?」
「潰れちまったら、進展もクソもないわなぁ。で?賢明なお前のこったから、この後のハイネのプランとやらも、あらかた予想はついてんだろ?」
「言質を取ったと言ってましたが、あれはおそらく彼の友人と会う機会をカガリ嬢が承諾したことを指してるんだと思います。酔い潰したのもその後のことですし。多分出奔時代の友人たちにでもご登場頂くんじゃないですか」
ディアッカは小さく口笛を吹いた。
「カガリ嬢が舞い上がる所が目に浮かぶなー!勿論それも監視するんだろ?そん時ゃ俺も呼んでくれよな」
ガッツリ楽しむ気満々な気分を隠しもせずに、ディアッカがはしゃいだ声を上げる。が、ニコルは優雅に車窓に流れる夜景に視線を移すと、そっけなく答えた。
「いえ。その予定はありません」
「ええ!?」
まさかの否定に、走行中にも関わらず、思わず体を捻るようにしてリアシートを振り返った。当然車はグニャリと蛇行し、容赦ない叱責が飛んで来る。
「ちょっと!危ないですから、ちゃんと前見て運転してくださいってば!」
最新の衝突防止機能が付いているとはいえ、万能ではない。叱られたディアッカが渋々視線を前に戻し、しっかりとハンドルを握るのを確認して、ニコルは肩を撫で下ろした。
「今夜僕が様子を窺ったのは、彼らのファーストコンタクトだったためです。それに僕らだってカガリ嬢については、アスランやキラさんの話す範囲でしか知らなかったから、良い機会だと思った。ハイネの力量も量れましたし、これ以上茶番に付き合う必要なんて皆無ですよ」
「同意だな。これならくだらない大学の授業に出席してた方がまだましだ」
それまで腕を組んで静かに俯いていたナビシートのイザークが、突然口を挟んで来た。
・
ニコルが「これ以上は時間の無駄」と言ったのは、この流れの所為だったのである。
ピリリ…とニコルの携帯が着信を告げたのは、既に車が地下駐車場を出て、暫く走行した頃合いであった。アスランがかけて来たのとは別機種のそれを取り出し、着信音でハイネからだと分かっていたニコルは、耳に当てるなりにこやかに相手を労った。
「ご苦労様です。首尾は上々だったようですね」
『おー。そうだな。男に免疫がないんだろう。拍子抜けするくらいやりやすかった』
「で、カガリ嬢は、今?」
『寝落ちたんで、お友達のお嬢様たちに押し付けて来たところだ』
「それは可哀想に。目が覚めて貴方がいなければ、さぞガッカリなさるでしょうに。随分と貴方をお気に召したようでしたし」
『冗談はやめてくれ』
疲弊し切った口調が、ハイネもカガリには相当の気を遣っていたのだと窺わせた。
「それにしてもいやに都合よく泥酔してくれましたね、カガリ嬢」
『言質は取ったからな。これ以上相手する必要もないかと思って、予め買収してあったボーイに、飲んでる酒のアルコール度数を上げさせたんだ。地味に効いたんだろ』
「おやおや、悪い人ですねぇ」
(((お前が言うな!!!!)))
その台詞を耳にした全員が内心で総ツッコミをしたのだが、声に出して言えるほどの強心臓の持ち主は世界中何処を探しても、居ないに違いない。
「さて。詳細はお任せしてましたから、今のところこちらからの指示もありません。が、この後のことも抜かりなくお願いします」
『ちゃんとアテはある。“カガリさま”にはうんざりするくらいのハーレム状態をご用意致しますよ』
「期待してます。かしましい連中の口の端に上るよう、精々派手に遊んであげてくださいね」
通話を終える直前にニコルがニヤリと唇の端を上げたを、バックミラー越しにうっかり目撃してしまった運転中のディアッカは、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを意識しながらも、興味の方が勝ってしまう自分を果てしなく呪った。
「――――カガリ嬢、寝ちまったのか」
リアシートに座るニコルに鏡越しに話しかける。
「ええ、そうですって。ね?僕が言った通り、あのまま聞いてても時間の無駄だったでしょ?」
「潰れちまったら、進展もクソもないわなぁ。で?賢明なお前のこったから、この後のハイネのプランとやらも、あらかた予想はついてんだろ?」
「言質を取ったと言ってましたが、あれはおそらく彼の友人と会う機会をカガリ嬢が承諾したことを指してるんだと思います。酔い潰したのもその後のことですし。多分出奔時代の友人たちにでもご登場頂くんじゃないですか」
ディアッカは小さく口笛を吹いた。
「カガリ嬢が舞い上がる所が目に浮かぶなー!勿論それも監視するんだろ?そん時ゃ俺も呼んでくれよな」
ガッツリ楽しむ気満々な気分を隠しもせずに、ディアッカがはしゃいだ声を上げる。が、ニコルは優雅に車窓に流れる夜景に視線を移すと、そっけなく答えた。
「いえ。その予定はありません」
「ええ!?」
まさかの否定に、走行中にも関わらず、思わず体を捻るようにしてリアシートを振り返った。当然車はグニャリと蛇行し、容赦ない叱責が飛んで来る。
「ちょっと!危ないですから、ちゃんと前見て運転してくださいってば!」
最新の衝突防止機能が付いているとはいえ、万能ではない。叱られたディアッカが渋々視線を前に戻し、しっかりとハンドルを握るのを確認して、ニコルは肩を撫で下ろした。
「今夜僕が様子を窺ったのは、彼らのファーストコンタクトだったためです。それに僕らだってカガリ嬢については、アスランやキラさんの話す範囲でしか知らなかったから、良い機会だと思った。ハイネの力量も量れましたし、これ以上茶番に付き合う必要なんて皆無ですよ」
「同意だな。これならくだらない大学の授業に出席してた方がまだましだ」
それまで腕を組んで静かに俯いていたナビシートのイザークが、突然口を挟んで来た。
・