有頂天
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「だから女性でありながら、しかもアスハ家の次期当主のカガリさまの重責はいかほどのものかとお察し致します」
「何だ。そんなもの、後継ぎと決められた者にとって当然のことだ」
カガリは何のてらいもなくそう言った。自分は普通の同年代より、より多くのものを持っている。その代わり多くのものを諦めた。無い物ねだりをするつもりはなかった。後悔もない。
但し。
このまま次期当主の座が、自分の元にあるのならば。
「カガリさま、ご兄弟は?」
絶好のタイミングを逃さないハイネの思惑は見事当たって、カガリは一瞬息を詰めて絶句した。
「……お前、知らないのか?」
窺うような視線もハイネは軽くいなす。なんせニコルにこの話を持ちかけられるまで本当に知らなかったのだから、そこは演技をする必要がない。
「申し訳ございません。こちらの世情には専ら疎くて」
ハイネからは自らの知識不足を恥じる、他意のない謝罪が返って来て、カガリは疑惑の目を収めた。アスハ家の“もう一人”としてキラが人々の噂の俎上に上った頃、ハイネは既に家を出ていたのかもしれないと、勝手に解釈するには充分だった。
「いるよ。弟が」
今さっきまでの上機嫌さと全く違うぶっきらぼうな口調だったが、ハイネはわざと気付かぬふりで大袈裟に頷いた。
「そうでしたか。弟ぎみが。長子でなくても男が後継ぎとなるケースが多いので、てっきりカガリさまには男兄弟がいないのだと思ってました」
上手く言葉にならなかったのだろう。カガリは暫く口をモゴモゴさせていたが、結局纏まらず、半ば自棄っぱちのように吐き捨てた。
「い・色々あるんだよ!ウチのことはもういいじゃないか!それより私はもっとお前の楽しい話が聴きたい!」
「私などのつまらない話を楽しんで頂けたのは光栄ですが……」
うーん、と、ハイネは顎に手を当てて目線を上げ、考える仕草をして見せる。嫌が応にもカガリの期待は高まった。
「では、どうです?宜しければまた日を改めて、私の悪友たちを紹介するというのは?」
「悪友って――、お前が家出してた時の友人たちのことか?」
思ってもみない提案に、カガリは呆気にとられた。
「ええ。悪友とはいっても話の解るいい奴らです。きっとカガリさまにもっと楽しんで頂けると思うのですが」
「………………」
すぐに答えられなかったのは、迷った所為だ。
ハイネの話はカガリにとって何もかもが新鮮で興味を引かれるものばかりだったから、直ぐ様誘いに乗りたい気持ちが強い。だが例えハイネが一緒だとしても、この閉鎖的な世界から外に出るには、相当の不安が付き纏った。
(それに…)
何よりアスランだ。許婚者に黙って他の男と出掛ける約束などしてもいいものだろうか。
だがいざ相談するとなると、それはそれで躊躇われる。もしも冷めた口調で「そんなことに一々許可を取る必要はない」などと言われてしまったら、傷付かなくてもいい所で傷付いてしまう。悔しいが今の状況では、そうなる可能性は高い。
一方で過ったのは、仮にこの先カガリの望む円満な関係が築けるとしても、そこに至るまではアスランが宣言通りに振る舞うだろうということだ。アスランは許婚者のカガリがいるに関わらず、遊びの女たちと派手な浮き名を流すに違いない。これまでがそうだったように。
ならば自分も少しくらいは許されるはずだと、カガリは思った。
(しかも私のは別に浮気とかじゃなくて、単なる息抜きの延長なんだから!)
その決断に、アスランに邪険にされた意趣返しがなかったとは言い切れない。とにかくカガリは散々迷った末、ハイネの誘いに便乗しようと決めたのだ。
「よぉし!連れてってくれ!」
「では他の者の都合がつき次第ご連絡を差し上げましょう」
「ああ、頼む!そうと決まれば祝杯だな!!」
たかがこの程度のことで祝杯もあったものではなかったが、内心の後ろめたさを景気付けで払拭する為に、カガリは殊更勢い良くグラスを掲げた。すかさずハイネもそれに応じる。
そうして勢いのまま杯を重ね、結果カガリは強かに酔っ払ってしまった。
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「だから女性でありながら、しかもアスハ家の次期当主のカガリさまの重責はいかほどのものかとお察し致します」
「何だ。そんなもの、後継ぎと決められた者にとって当然のことだ」
カガリは何のてらいもなくそう言った。自分は普通の同年代より、より多くのものを持っている。その代わり多くのものを諦めた。無い物ねだりをするつもりはなかった。後悔もない。
但し。
このまま次期当主の座が、自分の元にあるのならば。
「カガリさま、ご兄弟は?」
絶好のタイミングを逃さないハイネの思惑は見事当たって、カガリは一瞬息を詰めて絶句した。
「……お前、知らないのか?」
窺うような視線もハイネは軽くいなす。なんせニコルにこの話を持ちかけられるまで本当に知らなかったのだから、そこは演技をする必要がない。
「申し訳ございません。こちらの世情には専ら疎くて」
ハイネからは自らの知識不足を恥じる、他意のない謝罪が返って来て、カガリは疑惑の目を収めた。アスハ家の“もう一人”としてキラが人々の噂の俎上に上った頃、ハイネは既に家を出ていたのかもしれないと、勝手に解釈するには充分だった。
「いるよ。弟が」
今さっきまでの上機嫌さと全く違うぶっきらぼうな口調だったが、ハイネはわざと気付かぬふりで大袈裟に頷いた。
「そうでしたか。弟ぎみが。長子でなくても男が後継ぎとなるケースが多いので、てっきりカガリさまには男兄弟がいないのだと思ってました」
上手く言葉にならなかったのだろう。カガリは暫く口をモゴモゴさせていたが、結局纏まらず、半ば自棄っぱちのように吐き捨てた。
「い・色々あるんだよ!ウチのことはもういいじゃないか!それより私はもっとお前の楽しい話が聴きたい!」
「私などのつまらない話を楽しんで頂けたのは光栄ですが……」
うーん、と、ハイネは顎に手を当てて目線を上げ、考える仕草をして見せる。嫌が応にもカガリの期待は高まった。
「では、どうです?宜しければまた日を改めて、私の悪友たちを紹介するというのは?」
「悪友って――、お前が家出してた時の友人たちのことか?」
思ってもみない提案に、カガリは呆気にとられた。
「ええ。悪友とはいっても話の解るいい奴らです。きっとカガリさまにもっと楽しんで頂けると思うのですが」
「………………」
すぐに答えられなかったのは、迷った所為だ。
ハイネの話はカガリにとって何もかもが新鮮で興味を引かれるものばかりだったから、直ぐ様誘いに乗りたい気持ちが強い。だが例えハイネが一緒だとしても、この閉鎖的な世界から外に出るには、相当の不安が付き纏った。
(それに…)
何よりアスランだ。許婚者に黙って他の男と出掛ける約束などしてもいいものだろうか。
だがいざ相談するとなると、それはそれで躊躇われる。もしも冷めた口調で「そんなことに一々許可を取る必要はない」などと言われてしまったら、傷付かなくてもいい所で傷付いてしまう。悔しいが今の状況では、そうなる可能性は高い。
一方で過ったのは、仮にこの先カガリの望む円満な関係が築けるとしても、そこに至るまではアスランが宣言通りに振る舞うだろうということだ。アスランは許婚者のカガリがいるに関わらず、遊びの女たちと派手な浮き名を流すに違いない。これまでがそうだったように。
ならば自分も少しくらいは許されるはずだと、カガリは思った。
(しかも私のは別に浮気とかじゃなくて、単なる息抜きの延長なんだから!)
その決断に、アスランに邪険にされた意趣返しがなかったとは言い切れない。とにかくカガリは散々迷った末、ハイネの誘いに便乗しようと決めたのだ。
「よぉし!連れてってくれ!」
「では他の者の都合がつき次第ご連絡を差し上げましょう」
「ああ、頼む!そうと決まれば祝杯だな!!」
たかがこの程度のことで祝杯もあったものではなかったが、内心の後ろめたさを景気付けで払拭する為に、カガリは殊更勢い良くグラスを掲げた。すかさずハイネもそれに応じる。
そうして勢いのまま杯を重ね、結果カガリは強かに酔っ払ってしまった。
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