有頂天




例えバカップル全開だったとしても、これが逢いたい気持ちが高じた上のアスランの暴走だったなら、どれだけ幸せだっただろうかとキラだって思う。でも可能性はゼロだった。アスランならもっと余裕を持って上手く立ち回れたはずなのだ。キラが周囲に身元を特定されるのを嫌がっているのを知っているのだから、尚更あんな風に突然、衆目のある場所で拉致同然に実行する必要性など有りはしない。後をつけられる心配をしていたから、あの車を迎えに寄越すのは同じかもしれないけれど、ならば前以てキラに一人で居るように指示くらいは出来た。
だからこれは何かを隠そうとして、しでかしたことに違いない。こちらを強く印象付けて、あわよくばただの逢瀬にしてしまおうと考えたのだ。残念ながらキラはそこまで馬鹿ではなかったのだが。
おまけにそこまでしてキラの気を逸らせておきたい何かなんて相場は知れていた。
パトリックに感付かれたのでなければ、カガリのことしか思い当たる節はないのである。

思惑は外れたものの、口先だけで誤魔化すのは却って良くないと判断したアスランも、敢えて否定はしなかった。
「お察しの通り、昨夜ニコルがお前の姉に仕掛けた」
「やっぱり…」
アスランは難しい表情に変わったキラに静かな目で念押しする。
「―――キラ?」
「分かってる」
キラも浅く頷いて答えた。言いたいことなど百も承知だ。こちらとしても一度承諾したことに、今更とやかく言うつもりは毛頭ない。
だから今、多少なりとも気分が鬱いでしまうのは、ニコルたち他人の手を煩わせておきながら、自分たちのやっていたことに対する後ろめたさの所為なのだろう。きっと。
キラは自分に言い聞かせながらも、視線をアスランへと向けた。
優しい嘘も偽りも欲しくはなかった。例えそれがキラへの配慮だったとしても、同じ罪を背負いたいという欲求の方が勝った。
「詳しく教えて。僕は知っておかなきゃならないと思うから」
「そうか。…そうだな」
キラの気持ちが伝わったのか、アスランは僅かに口元を綻ばせて頷いてくれた。




◇◇◇◇


おもむろにニコルの指がスイッチを切り、夜会の音を伝えていたスピーカーがブツリと沈黙した。
「いいのか~?まだ夜会は続いてるぞ~」
途端に囃し立てるディアッカも、理由くらい分かり切って言っているのだ。態とらしい子供っぽさは心底苦々しく、大変下品ながら唾でも吐き捨てたい心境だが、ニコルは無理矢理ポーカーフェイスの下に仕舞い込んだ。
「これ以上の盗聴は時間の無駄ですから」
「おや?付き合いの浅いハイネクンを信用する気になった?」
尚もおどけて茶化すディアッカは、あくまでもニコルに全部言わせるつもりらしい。そっちがそのつもりならと、ニコルは白々しい乾いた笑みを浮かべた。
「はは、まさかでしょ。もうハイネを信用するとかしないとかの問題じゃなくなっただけです。なんせ主役のカガリお嬢さまがあれでは、観客も退屈するしかないでしょう?」
因みにイザークに至っては最早コメントする気もないらしく、先ほどから車内に設えた機器類を勝手にカスタマイズしたりしている。明らかに暇潰しだろう。




カガリから誘って壁際のソファへと移動したものの、やっぱり最初はややぎこちなかった。個室というほど隔離されていないにせよ、初対面の男とサシで話すなど、初めての経験だったのだから無理もない。
だがすぐに緊張も解れ、生来の懐っこい性分が発揮されるようになると、どんどんと馴れ馴れしくなった。元々感情の抑制などは苦手なタイプだ。ハイネの出奔していた時の失敗談などを聞いては、ゲラゲラと大口を開けて笑った。
無論最終目的が“誘惑”であるハイネも、カガリの心を開くよう尽力していたのだが、流石にこの天真爛漫さには若干引きぎみだったほどだ。

他愛ない会話に美味しい酒。
頃合いを見計らって、ハイネは自分の兄弟の話題を出した。夜会の末席に漸く置いて貰える程度の家でも、後継ぎの長兄は自由がなくて気の毒だと、思ってもいない嘘を並べ立てる。急にしんみりとなったが、カガリは興味を削がれるでもなく熱心に聞いていた。




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