有頂天




対するキラといえば何だか色々なものと戦うのに必死だった。平たく言えばパニック状態に近い。
どうせキラが自分の恥態を思い出していたこともバレバレなのだろう。
というか、口では拒絶しておきながら、本当は求められたことが嬉しかった――などと考えていたことまで全部バレてしまっているに違いない。


「顔、見せて?」
すぐ頭の上からアスランの優しい声が降って来ても、はい分かりましたと素直になれるわけがない。キラはシーツに潜ったまま、唯一の意思表示として首を左右に振りまくった。
(ムリムリムリムリ!そんなの、恥ずかしくて死んじゃう!!)
「……いや、正直、死なれるのは困るんだが」
「ちょっと、きみ!一々僕の心中を読まないでくれる!?失礼だよ!!」
真面目くさった呟きに、堪らずガバリと身体を起こしたものの、既にベッドに腰かけていたアスランとの予期せぬ距離の近さに、息を飲んで固まった。だがそれもほんの一瞬で、直ぐ様万全でない身体を寝かしたり起こしたりさせるなんて、なんて思いやりのない男だなどという、完全に八つ当たりでしかない考えが苛立ちに拍車をかける。
見る間に剣呑になっていく目付きに、アスランは心底戸惑ったように眉を寄せた。
「いや、読むっていうか。…今のは全部声に出てたぞ、お前」
「う・嘘!」
「ここで俺に嘘を吐くメリットはないと思うが…」
「メリットとか、そーいうことじゃなくて!」
「うん?」
「僕が言いたいのは、デリカシーと・か……」
伝わらないもどかしさに任せて喚いたキラだったが、アスランの蕩けるような笑顔にかち合い、勢いを失った。
そういう顔は狡いと思う。


「―――――やっと、顔を見せてくれた」


たったそれだけで、思考を完全に奪われてしまうからだ。
陶然としている隙に、盗むように仕掛けられたキスには目を見開いたものの、積極的にアスランの舌を迎え入れたのは、寧ろキラの方だったかもしれない。深くなる口吻けに口角を上げたアスランも、充分過ぎるほど応えてくれた。

(ああ…なんだ。これでいいのか)

欲しければ求めてもいいのだ。
少なくともアスランに関しては許されるのだと、キラは漸く気付かされた。

母を喪ってから諦めることしかしてこなかったキラだから、誰かに何かを求める方法などすっかり忘れてしまっていたのだ。
求めるのを止めたのは、裏切られるのが怖かったから。
だけどアスランは裏切らない。裏切られたとしても、アスランなら構わない。そう決めたのはキラだ。
これからは少しずつ、欲しいものは欲しいと主張するのもいいかもしれない。最初からスムーズには行かないかもしれないけれど、アスランならきっと待っていてくれる。

(でも気絶するまでってのは、流石に勘弁願いたいんだけどね)
「…それは悪かった。可能な限り自重しよう」
「ぅえ!?僕、また声に出てた!?てか“可能な限り”ってなにーっ!?」
赤くなったり青くなったりしながら再び喚き出したキラに、アスランは今度こそ大笑いしたのだった。




◇◇◇◇


「――――ごほん。それで?突然僕を拉致った理由は、当然話して貰えるんだろうね?」
散々汚れていたはずの身体が大変清潔だったことには敢えて目を瞑った。意識のないキラを風呂に入れたのが誰かなんて、考えるだけで悶絶ものだからだ。そうそう何度も思考をショートさせていては、少しも前に進まない。
声までも嗄れていたキラは、差し出してくれたグラスの水を一気に煽って、咳払いしつつ本題を切り出した。
「お前なぁ…」
キラにとっては最優先な話題のつもりだったのだが、返ってきたリアクションは絵に描いたような肩を落とす仕草だった。そんな落胆させることを言った覚えはないと、キラはキラで小さく首を傾げるのだから、全く噛み合わない二人ではある。
「いや、首を傾げられても‥それはそれで可愛いとは思うんだが……俺としてはもう少し色気というものが欲しい」
「ちょ、なに言ってんの!可愛いって全然嬉しくないし!てか色気とか、僕に期待する方が間違ってるでしょ!?」
「というか、単に逢いたかったからだとは、思ってくれないってことだよな」

意味不明の恥ずかし過ぎる期待に、元気に反発してしまったキラは、続く台詞に真顔になった。




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