有頂天




勿論アスランとて他人の前で、ボロを出すようなヘマはしない。行く行くは財界トップのザラ家の当主として恥ずかしくない教育ならば、それこそ物心も覚束ないほど子供の頃から叩き込まれている。貼り付けた作り笑顔での社交辞令や初々しい許婚者のフリなど、息をするかのように自然にやってのけられるのだ。

そうやって嫌々ながらも“夜会”に出席する内に、些少ではあるが得るものもあった。
予想はついていたものの“上流階級”の集うこのパーティが、アスランにとって心底価値ないものだったという、全く笑えない再確認が出来たのだ。
着飾った老若男女が、あらこちらで情報交換という名の噂話に興じるだけの、ただの時間の浪費。見た目だけは豪華な中身のない人間たちがお上品に笑い合う姿には、いっそ薄ら寒ささえ感じた。あれならば水槽の中でヒラヒラと美しく舞う熱帯魚を見ている方が遥かにマシだ。

一体こんなものの何が欲しくて、パトリックはアスハ家との縁戚関係を望むのだろう。パトリックの経営者としての勘が鈍ったのか、それとも年を重ねアスランが父の年頃にならなければ答えも得られないのか。
いずれにせよ現在のアスランにとっての価値は皆無だった。

夜会という水槽の中を泳ぐ熱帯魚たちが、何百年続いた良家の人間なのか知りたいとも思わないが、この先などたかが知れている。事実殆どの“良家”の台所事情は火の車だという。だからこそ少々家の“格”を落としても、経済的に余裕のある家と縁戚を結びたがる輩が出始めているのだ。アスハ家はまだそれほど逼迫していないようだが、結局のところ目的はザラ家の資産。将来に渡ってアスハ家が体面を保って行けるよう、保険をかけたに他ならない。
旧いものには旧いものの良さがあるのは認めるが、歴史で腹は膨れない。

それでもくだらない見得に縋ってお高くとまる彼らを、憐れとは思えど、将来の自分に必要なものだとは、どうしても思えなかった。


尤もパトリックがそれを望まなければ、キラと知り合うこともなかったろう。
それが唯一の僥倖だった。


とにかくアスランは行きたくもない夜会に、しかも望みもしない許婚者を伴って顔を出すという苦行を強いられているのだ。全ては当座のキラの身の安全を確保するためだ。そうでなければこんな地道な真似など、頼まれてもごめん被る。
その上、パトリックに妙な勘繰りをされるなど以ての他だ。自分はそこまで愚鈍ではない。
なのにキラときたら、アスランの腕の中で「なら、いいんだけど」などと心底安堵したりしている。自分の無防備さを棚に上げ、見当違いの危惧を抱かれるのは、らしくない地味な努力を積み重ねているアスラン的には、非常に釈然としない心境であった。

ここはやはり疑ったキラに、仕返しをするのが筋だろう―――などと自分の不埒な下心を正当化することに決めた。

そもそも尾行する怪しい車があれば、あの運転手が気付いて、巻くなりなんなりしてくれたはずだ。腐ってもザラ家のお抱え運転手。場馴れしているし、スキルもある。
その彼がキラを此処へ届けた。それが父親サイドにバレていないという、何よりの証明なのだ。

ならば思う存分仕返しだ。
抱き締められた体勢のままなのでキラからは見えないところで、アスランの表情がゆっくりと変わった。



「ところでアスラン、今日は急にどう、」
「キラって、それ、天然なのか?」
相変わらず耳元でする声が、急に色を帯びたのを敏感に察知して、キラは咄嗟に言葉を切った。無理矢理にでも口を閉じてしまわないと、おかしな声が出てしまいそうだったからだ。そんな自分の動揺が、密着しているアスランに伝わらないわけがない。決して誇れる話ではなくても、こういう場数は圧倒的にアスランの方が上だった。
「それともわざと?」
まるでキラを追い詰めるのを楽しむかのように、蜜を混ぜたような声で苛んでくる。
「な・に…言っ…――っ!」
「身体はこんなになってるのに、別の話を優先させたりして、俺を焦らして楽しんでるのかって訊いてるんだ」
「っ!!」
挙げ句、お仕置きとばかりに耳に湿った感触。舐められたのだと気付いて、言いがかりだ!と罵倒する力は、これで完全に削がれてしまった。
「なぁ、どうなんだ?」
「そ!んなの、知ら・な!!」
「ほんとに?」
縋り付くようなキラの身体の重みに、アスランは目を細める。完全にアスランのペースだった。




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